登記のない抵当権

日本の民法においては、抵当権は約定担保物権であって、物権法には意思主義が支配しているために、抵当権も当事者間の抵当権設定契約のみによって成立し、設定登記はその抗対要件にすぎません。しかし、近代抵当権は、財貨の交換価値を排他的に把握し、これを投資の客体として金融市場に流通させることを目的としているために、この目的を確保するため公示の原則が不可欠です。物権変動の対抗要件としての登記が発達してきたのも、まさにこの抵当権の公示のためでした。したがって、抵当権は、登記等公示制度を前提としてはじめて成立できることであって、登記または登録制度になじまない物件については、抵当権は成立しません。ドイツ民法が登記と合意を抵当権設定契約の要件とし、スイス民法が登記をその成立要件としたのもゆえなしとせず、日本民法も登記を成立要件とはしなかったものの、その存在、移転、消滅の全てにわたり登記を前提とし、公示の原則を貫いているのであって、立法論としては、後記のとおり、登記により重点をおくべきことが提唱されており、新しい民事執行法も、実際上登記を重視する結果になっています。

スポンサーリンク

お金を借りる!

このように、本来近代の流通経済社会を前提とした抵当権も、これが設定契約の当事者間だけの関係に止まるかぎりは、公示なくして本来の担保機能を保証してもさしたる支障は生じません。登記を成立要件としな い日本民法の態度は、このことを是認するわけです。つまり、新しい民事執行法が施行されるまでの間は、第三者が現われないかぎり、登記のない抵当権に基づき競売を申し立て、売得金から弁済を受けることが許されます。ただし、この場合も、登記がなければ第三者にその存在を対抗できない結果、抵当権者は、他の債権者に対して優先弁済権を主張できないことはもちろん、目的物件の第三取得者は、他の債権者に対しては抵当権を主張できず、競売開始決定前に第三取得者、後順位抵当権者等正当な利害関係を有する第三者が生じたときは、それまでの競売手続は無効に帰します。しかし、ひとたび競売開始決定がされてその旨の登記がされると、差押と同一の効力を有するため、以後は、第三者に対し優先権を主張しうるものとされます。しかし民事執行法の施行に伴い、単なる末登記抵当権は、その存在を証明する確定判決または公正証書がなければ、これによって競売を申立てることができなくなり、その効力は一層滅少しました。
抵当権者が設定者から、登記済証、委任状、資格証明書、印鑑証明書など設定登記に必要な書類を預り、一定の条件のもとでいつでも登記ができる状態にしながら、それまで登記を留保しておくことを、通常登記留保と称しています。前記のとおり、登記のない抵当権は、第三者に対する関係においては極めて弱い効力しか認められないにもかかわらず、その例は必ずしも少なくありません。その背景には、金融取引の相手方が特定していて相手方を信用できる場合が少なくないという日本の取引実態があるものと思われますが、実際には、抵当権者が必要書類を預り、必要に応じていつでも登記をして第三者に対抗できるうえ、登記簿を汚したくないという債務者の心情や登録免許税の節約がその理由となっています。また、考え方によっては、登記に必要な書類一切を預ることは最も強力な担保だともいえます。
登記留保には、抵当権者に必要書類を預けて登記を一任する場合と、債権保全のため必要と認められる場合等一定の案件が整うまで登記をしないという合意をする場合の二つが考えられます。後者の場合、そのような合意は有効と考えられるために、抵当権者は、この条件が整うまで設定者に登記に協力すべぎことを請求することができず、委任状等を預っていても、これを使用することは許されないと解されます。しかし、このような合意は、当事者間の債権的効力を有するに止まり、抵当権の譲受人には対抗できないために、譲受人は抵当権設定者に対し設定登記に協力すぺきことを請求することができ、また、合意に反する合意も、違法な手続によらない以上、有効とみられます。
また、このような合意があった場合には、逆に、設定者の方も抵当権者に対して、登記を留保するかわりに、承諾なしに目的物件を譲渡賃貸したり担保権を設定する等一切の処分をしないことおよび国税滞納等により抵当権の価値を滅しないようにすることを約諾したものとみることができ、この合意に違反するときは損害賠償の責めを負います。
一旦登記がされたが、登記官の過誤により移記または転写に際して遺脱され、あるいは登記官の過誤または第三者の不当な行為によりこれが抹消された場合にも、未登記抵当権の効力と同様な問題が生じます。この場合に、公示の原則を強調するならば、原因はともかく公示を欠く以上、登記を失った抵当権者は、その後目的物件を譲り受け、あるいはこれに後順位の抵当権の設定を受けた者に自己の抵当権を対抗しえないこととなります。しかし、抵当権者の立場からすれば、自己の責めに帰すべからざる事由で一度生じた対抗力が消滅しては困ることになります。判例では、当初公示を強調し、根抵当権の移記遺漏について対抗力を否定しましたが、抵当権の不当抹消についてこれを変更し、不当抹消によりすでに生じた対抗力は消減しないと判示しました。この理は、仮登記の不当抹消について引き継がれ、遺漏についても同趣旨が説かれています。しかし、学説には、対抗力を否定する見解も強く、不当抹消についてのみ対抗力の存続を認め遺脱には認めない見解も多くなっています。この問題は、公示の問題を無視しえませんが、一旦対抗力を生じた以上、権利者の貴めに帰しえない事由によって公示が失われた場合には、その理由を間わず、対抗力を認め、これによって生じた第三者の損害は、原因を作出した者によって填宿されるべきです。
登記簿が滅失した場合も同様な問題が生じ、この場合には、権利者は一定期間内に回復登記を申請することができるのですがこれをしなかった場合でも、判例はなお対抗力を肯定します。これに対する学説の見解は概ね消極ですが、前同様の理由で判例を支持できると考えられます。
抵当権の設定を受けた者は、設定者に対して抵当権設定登記の設定権を有します。登記簿が滅失し回復請求の期間が経過した場合にも設定登記の協力を請求することができ、不当抹消の場合も同様です。
登記留保の特約について、判例では、登記手続の履践を一定の条件成就にかからしめる特約は無効であるとしたことがありますが、その後、登記をしないという特約は有効と判示しました。しかし、この特約は、当事者に債務を負担させるだけで、抵当権の譲受人を拘束せず、これに違反してされた登記も有効です。

お金を借りる!

第三者による弁済/ 連帯保証人による弁済/ 手形買戻債権の代位弁済/ 一部代位弁済/ 債権譲渡による債権回収/ 債権譲渡と代位弁済/ 個人会社の代表者からの回収/ 債権の償却/ 貸倒と財務処理/ 債務免除/ 抵当権処分の方法/ 一部抵当権の設定/ 所有者による抵当権設定/ 登記のない抵当権/ 誤った金額の抵当権の効力と是正/ 権利能力のない社団と抵当権設定/ 物上保証人と保証人の違い/ 物上保証人の地位/ 利益相反/ 債務者の資産悪化と物上根保証人/ 物上保証人の求償権/ 抵当権の消滅原因/ 抵当債務を第三者が弁済/ 債務の一部弁済と抵当権/