町内から同業者を出さないという念書に印鑑を押して退職した

 Aさんは、長年動めたBクリーニング店をやめて、自分の店をもつことにしましたが、やめる際、Bにあてて「この町ではクリーニング店を開かない。違約すれば一〇〇万円支払う」との念書を書き、印鑑を押しました。町内に店を出す良い場所が見つかったのですが、念書に拘束されるでしょうか。

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 この念書は職業選択の自由、営業の自由を制限する内容をもっています。憲法は公共の福祉に反しないかぎり、これらの自由を基本的人権として保障していますから、そのこととの関係上、この念書の効力が問題となります。法律その他の公権力によって営業の自由を不当に制限すれば、憲法二二条一項違反となります。
 たとえば、薬事法が、一定地域内にすでに他の薬局があるときは、新薬局の開設を許可しないという基準を定めているのは、既存業者の利益保護にかたよった不合理な規制で、憲法違反だとした最高裁判所の判例があります。
 しかし、公権力とは無関係に、私人同士の合意で規制を加えるのであれば、それが不当なものでも直接憲法違反の問題となるのではなく、公序良俗違反による契約の無効の問題として扱われます。その場合は、AさんとBの双方の事情も比較されます。
 Bとしても、すぐ近くに新しい同薬店ができるのは大変な脅威でしょう。しかも相手が、今まで自分の店に働いていたAさんであれば、なおさら、その辺りの配慮を求めたくなるのも無理はないとも考えられます。
 一方、Aさんの、自分が一番いいと思う場所で開業するという基本的な権利も無視できません。そこで一般には、本問のような競業を禁止する合意は、その期間または地域を限定してあれば、有効だと解されています。Aさんの場合、同じ町内という限定がついていますから、この念書はいちおう有効とみられるでしょう。
 ただし、Aさんが退職するにあたって、この念書に印鑑を押さなければ、円満退社させないとBがいったとか、Bが経済的に強い立場に物をいわせて、印鑑を押すことを実質的に強要したというような事情があれば、この合意は無効または取り消しうるものといえます。
 また同じ町内といっても、具体的には、もっと実質的に判断する必要があります。町内が広いため、あるいは、すでに他の同業店が存在する区域であるなどのため、そこに開業しても、ほとんどBへの影響がないのであれば、念書の効力が及ばないと考えてよいでしょう。
 また違約金の一〇〇万円も、常にそのまま認められるわけではありません。その額になんらの合理的根拠はなさそうですから、Aさんとしては念書の金額は一例を示しただけで、個々の具体的ケースに応じて、Bの損害を計算すべきだと主張してよいと思います。
 このように、いくつかの理由をあげて、Aさんがこの念書の効力または内容を争うことは十分可能です。しかし、Bが、このような違約金額まで表示した念書にハンを求めたということは、両名の関係がかなり気まずくなっていた証拠でしょう。
 そうであるなら、Aさんは初めからこのような念書に印鑑を押さず、堂々と退職のうえ、Bと仕事を競い合う方がよかったと思います。

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