債務者からの相殺

相殺は二人互に同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が相殺適状にあるとき、各債務者が相殺という一方的意思表示により、その対等額につき互に債務を免れる制度です。したがって、相殺の意思表示はどちらからしても差し支えなく、これに対する民法上の制限は全くないといってかまいません。しかし、金融機関と取引先との間では次のような問題が生じます。例えば金融機関が、ある取引先に対して、抵当権付債権200万円と無担保債権200万円があり、取引先は金融機関に対して200万円の預金債権を持っていたと仮定すると、この場合金融機関側から相殺の意思表示をするとすれば、どのような相殺をするかでは、無担保債権200万円を自働債権として預金債権200万円を対等額において相殺するはずです。その結果として、残200万円の債権は残るがそれは低当権に守られていて安心だからそれでよいということになります。しかし、反対に取引先側から相殺するとすれば事情は全く異ったものとなります。つまり取引先の方は預金債権200万円を自働債権として金融機関側の抵当権付債権を相殺します。それによって担保目的物を他に転用できる利点があるからです。しかし、こうした取引先の態度に対しては、金融機関側としては大いに不満があり、金融機関と取引先間の債権債務関係というものは総合的に担保関係を形成するものであるために、その一部について取引先が勝手に自己選択をして相殺し、その結果金融機関側の意図しない債権を消滅させることは許されないということです。

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相殺にあっては弁済充当に関する規定が準用されているために、民法の規定でゆけば、取引先の当該預金をもって、どの貸付債権を消滅させるかの充当指定権は第一次的に取引先にある筈であり、金融機関側には不満ではあっても取引先の違法をいうわけにはいきません。そこで、でてくるのが銀行取引約定ですが、その第九条によると弁済または第七条の差引計算の場合、債務全額を消滅させるに足りないときは、貴行が適当と認められる順序方法により充当することができます。とあるので取引先は金融機関の意思に従って充当つまり受働債権の選択をしなければならないと解する見解があらわれてきます。しかし、この第九条という規定はその前の第七条につながるので、その七条は金融機関の側から相殺の意思表示をする場合をいっているのであるために、第九条も、その場合、取引先側としては民法四八八条第二項の異議をいいません、といっているにすぎません。取引約定の中に、取引先の側から相殺の意思表示をした場合もその受動債権の選択は一切金融機関側にまかせるという一項を入れておくのでなければ、先に例示した場合の如き相殺を防止することはできません。
次に取引先側からの相殺を全面的に禁止できるかの問題がありますが、これも特約として掲げるかぎりは有効であって民決五○五条二項の規定からも別に問題はありません。しかし、銀行取引約定現行第七案をもって、取引先側からの相殺を禁止した特約規定だと解釈するとなると大いに抵抗を感じることになります。第七条の文言からもそのような解釈は導き出せません。要するに、現行の銀行取引約定の上では取引先からの相殺を禁止制限する特約は何もないとみるべきであって、今後考慮するとすれば、取引先からの相殺につき、受働債権の選択権だけを銀行にまかせる趣言のものであれば銀行の目的は十分達成できます。そして、それ以上のことを望むならば、結局は自行預金担保の問題に行き着くこととなります。
自行預金担保というのは、取引先のその銀行に対する預金に担保権を設定しておくことです。そしてその方法としては担保差入書を取引先から銀行に交付し、預金証書は銀行に預けておくという方法がとられているようです。預金債権の種類は法律的には何でもかまいませんが、全額の確定や預金証書を銀行に預け放しでおけるというようなことから一般には定期預金が使われているようです。このようにして、自行預金を担保として銀行に差し入れると、法律的にはその預金につき権利質が設定されたことになるために、その取立権は銀行に移転し取引先は相殺によってその債権を自由に処分することはできなくなります。つまり、個別的に取引先の側からの相殺を禁止したのと同じ効力を生じることになります。ただしこの場合、第三債務者は自己自身、銀行側であるために、一般権利質のように質権設定の通知を取引先から第三債務者たる銀行に向ってすることは無意味であり、一般的にもそのような手続は行なわれていません。しかし、担保差入の第三者に対する効力は、相殺自体によって十分確保されているのでそれで十分ではないかと思われます。対第三者関係を考慮するとすれば、担保差入書に確定日付を付しておくなどの方法が考えられます。ただ、自行預金担保に確実性があるからといって、拘束する預金をあまり多くすると、いわゆる歩積両建預金と同しことになって、銀行の信用活動に粉飾性を持ちこむことになりかねませんが、このような問題になると、法解釈の問題を離れて銀行の経営委勢の問題となってきます。

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