事前求償権による相殺

求償権という言葉は民法上では連帯債務と保証債務に出てくるのがまとまったところですが、断片的なものとしては七一五条第三項あたりに求償権の行使を妨げず、などという表現で目を引く程度です。しかし、どの場合にせよ、第三者の弁済に伴う衡平の回復に奉仕する制度であるということができます。それは第三者の弁済が実行されてはじめて求償権が発生するので、事前の求償権というのはおかしい、ということになりかねません。ところが、委託を受けた保証人と主債務者間ではまた別の法律関係が成立します。つまり、委託を受けた保証人というのは一面委任契約上の受託者であり、委任に関する法律規定の適用を受けるということです。そうすると、受託者は委託者に対して前払費用の請求をする権利を有するために、求償などといわなくても最初から弁済費用を請求できるということになるわけです。しかし、そうなると保証債務の補充的性質と相いれないこととなるので、民法では特別の場合にだけ事前求償ができるように規定しています。したがって事前求償ができるのは例外の場合だけであり、原則としては第三者が現実に弁済した後でなければ求償は許されないということになります。

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特定の場合に事前求償を許したとしても、保証人はその前受金を他に流用してしまうかもしれないという危険があります。そこで民法は事前求償に応じた主債務者に損害を与えないよう、主債務者に対しても事前求償に対応する権利を与えています。つまりこれが、債務者は保証人をして担保を供せしめまたは之に対して自己に免責を得せしむべき旨を請求することを得、という規定なのです。いい換えると、保証人が弁済資金を前もって自分に払っておけ、といえば、主債務者は、それなら担保をよこしておけ、といえるということ、つまりは、事前求償権とはいうものの、それは抗弁権付きの権利だということになります。事前求償権が抗弁権付きだということになれば、先にも述べたように、それは自働債権としては使えず、結局は相殺はできないということにならざるを得ません。ところが銀行実務などでは、事前求償権をもって相殺することが、あたかも原則であるかのごとく行なわれています。
銀行実務では、支払承諾という言葉を使っていますが、これは、一般の保証契約のほか、手形引受、手形保証等を広く総称する業務一般を指すものとされているようです。しかし、その法律的性質はやはり委任であると解されているために、委託を受けた保証と同様に事前求償の問題が起ってきます。しかし、前項に述べたような関係からは事前求償権をもってしては相殺ができないということになります。そこで、銀行実務では、支払承諾約定書という特約によって、事前求償の問題も極めて鮮かに処理しているのです。つまり支払承諾約定書第七条によると次のように規定されています。
私が次の各号の一つにでも該当した場合には、貴行から通知、催告がなくても当然貴行が保証している金額または限度額についてあらかじめ償還債務を負い、直ちに弁済致します。
仮差押え、差押えもしくは競売の申請または破産、和議開始、会社整理開始もしくは会社更生手続開始の申立があったとき、または、清算に入ったとき。
租税公課を滞納して督促を受けたとき、または保全差押えを受けたとき。
支払を停止したとき。
手形交換所の取引停止処分があったとき。
貴行に対する債務の一つでも期限に弁済しなかったとき。

次の各場合には貴行の請求によって前項と同様償還債務を負い直ちに弁済いたします。
私がこの約定その他貴行との一切の取引約定の一つにでも違反したとき。
保証人が前項各号の一つにでも該当したとき。
その他債権保全のため必要と認められるとき。
前二項の場合、私は貴行に対する償還債務または原債務に担保があると否を問わず求償に応ずるものとし、また貴行に対して担保の提供または原債務の免責を請求致しません。
この約定のうち第一項は銀行取引約定五条一項に相応するものであり、第二項は同条二項に相応するものであって、共に相殺処理の可能なことを規定したものです。しかし、いくら特約で相殺が可能だといっても自働債権に抗弁権が付着していては法律上相殺の効力が生じないことになるので、第三項でそれら抗弁権の発生を排除する待約をおいたのです。つまり、事前求償をした場合、原債務につき抵当権等担保が設定してあると、債務者は抵当不動産の代価をもって弁済を受けない部分についてのみ一般財産から弁済を受くべきで、なお事前求償の必要がないとの抗弁も可能です。よって第三項前段では、たとえそのような場合があっても求償に応じるとし、民法四六一条の抗弁権は全部これを抛棄することを特約させています。これで事前求償権は抗弁権に阻害されることなく単純な権利として自働債権となるわけなのです。このような抗弁権を配慮してか、支払承諾をする場合には相手方から白地手形を振り出し交付させておくとの取扱もなされているようです。

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