手形債権での相殺

相殺は相互同種の目的を有する債務を負担する場合であれば可能であるために、金銭債権である手形債権を自働債権とし相手方の金銭債権を消滅させることは他の要件さえ充足できるならば問題はありません。しかし、手形債権は他の一面として、呈示証券性と受戻証券性を併有するために、一般債権のごとく相殺の意思表示をしただけでは債権消滅の効果は生じないとの問題があります。したがって手形債権が他の一般債権と併存するような場合は、相殺のための自働債権としてはその一般債権を使用すればよいので、ことさらに手形債権を使用する必要はないということになります。例えば手形貸付債権をもって預金債権を相殺しようとする場合は、消費貸借契約上の債権によればよく、手形割引においても銀行側の自働債権としては特約上の買戻請求権で十分であり、ことさらに手形債権を使う必要はありません。

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どのような場合に手形債権をもって相殺せざるを得ないこととなるかでは、実務上考えられるのは廻り手形の場合と相落ち手形の場合になります。例えば甲が乙から貸付けを受けている場合、乙振出、丙宛の約束手形を甲が割り引いて所持しているような場合に、甲の乙に対して有する反対債権としては丙から裏書譲渡を受けた手形債権だけが唯一のものであるために、要件さえ成立するならばその手形債権をもって相殺できるということになります。またAがBに対して融通手形を振り出し、Bのため金融の便をえしめてやったという場合、AはB振出の同額同期日のいわゆる相落ち手形をとるのが通常です。この場合に、手形を貸してやったAとしては、Bが相落ち手形を決済してくれるのであれば自分が振り出した手形を決済しても何ら損失を被りません。しかし、Bが決済しないのであれば自分の所持するB振出の手形をもってA振出しB宛ての手形を相殺できれば一番安全です。しかし、BがAから融通手形を借りたかぎりは、この手形はBからC、さらにはDへと裏書されて流通するのが通常であるために、AがB振出しの手形をもって相殺しようと思っても所持人との間に反対債権の浮び上ってこないこととなります。したがって、相落ち手形の場合は偶然にも、Bがなお、借りた手形を所持しているという特別の場合だけだということになるわけであり、結論的には、手形債椎による相殺が行なわれるのは廻り手形の場合が主体だということになります。
相殺は銀行等金融機関における債権回収の方法として多く利用されているのが実情ですが、その場合における相殺は法定要件の外銀行取引約定の特約によって相殺成立の要件が著しく緩和されています。特に弁済期のごときは差押等一定事実の発生とともに当然期限の利益を失うことが多いために、たとえ手形債権であっても満期日に先立って相殺適状が発生することなしとしません。しかし、廻り手形では振出人はその銀行の取引先とはかぎらず、したがって、その銀行の取引約定の拘束を受けないので銀行が廻り手形を取得して相殺する場合には手形上の弁済期を待たなければならないことになります。
手形債権をもって相殺する場合には、その意思表示と共に手形の呈示と相手方に対する交付を必要とするというのが原則です。つまり、手形債権を自働債権として相殺するということは、その手形が決済されたと同じ結果を実現することであるために、手形の呈示証券性にしたがって振出人において、どの手形債権が消滅したのかを知る必要があり、また決済された手形について二重払の危険を防止する必要もあるからです。しかし相殺後手形債権の一部がなお残存するような場合は手形の呈示は必要ですが、手形の交付はこれを必要としないものとされています。これは、当然のことながら、残部の請求について手形を必要とするからです。したがって実務上では、全額相殺の場合には手形の受領欄に相殺の旨を記入してその手形を相手方に交付すればよく、また一部相殺の場合は、その旨の証明書を相手方に交付することになります。

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