時効期間経過後の債務承認

民法一四六条では、時効の利益は予め之を抛棄することを得ず、と規定していますが、この反対解釈として一般に、時効完成後に時効の利益を放棄することは許されると解されています。このことは現行の時効制度が、時効利益の帰属につき、時の経過という客観的な面に加えて、当事者の意思という主観的な面を尊重している点および、時効利益を放棄するということが、一面時効を援用する行為の裏がえしであるという点からみて容易に是認されるところです。放棄の法的性格については、時効制度ないしは援用を如何に解するかによって、それぞれ異っています。消滅時効を時の経過によって実体的な権利が確定的に消滅するものと解する判例の立場では、時効完成後の利益の放棄は、完成したる時効の効力を消滅せしむるの意思表示であり、それは訴訟上の攻撃防禦方法たる援用と異なり裁判外においてもなしえ、通常の意思表示と同様に、明示的にも黙示的にもなされ得るものと解されています。

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時効利益の放棄というも、時効中断事由である承認の場合と同様に、当事者が利益を放棄すると明言することはほとんどなく、当事者の行為を解釈してその旨を判断するのが普通です。例えば時効完成後の債務の承認、弁済一部弁済、支払延期の申入、和解示談、強制執行に対し異議を申立てないこと等が時効利益の放棄にあたるとされています。間題となるのは、このような行為が時効利益の放棄と認められるためには、債務者が時効完成を知って為すことを要するか否かです。かつて判例では放棄は時効完成を知ってこれをしなければならないとの前提に立ち、普通債権が10年の時効に因りて消滅すべきことは一般周知のものと認むべぎものなるが故に時効完成の事実を知りて為したるものと一応推定するを妥当なりとす、として、一般に時効完成後の債務承認等は時効利益の放棄にあたり、ただ例外的に当事者が時効完成の不知を立証した場合に時効の援用を許すとしていました。そして、この推定を破る反証を容易に認めないことによって、実際上時効の援用を厳しく制限していました。しかしながら、時効完成後の承認等が時効完成を知って為されるとする推定は明らかに経験則に反し、学説からも激しく批判されたため、後に最高裁は時効完成後の債務承認等は時効完成を知ってなされたものであると推定することはできないとして、従来の判例理論を変更した上、時効完成後に債務の承認があった場合は、債務者が時効完成の事実を知らなかった時でも、以後、改めて完成した消滅時効を援用することは信義則に照し許されないと判示しました。
このことに関しては、学説の大勢も、その理論づけは異なりますが、ともに時効の援用を否定的に解しています。そして近時は、時効完成後の債務の承認等を時効利益の放棄にあたるか否かの問題として扱うのをやめ、時効利益の放棄とは別個の、独自の時効援用権の喪失事由とみて、時効完成の知不知に係わりなく、時効の援用を否定する立場も有力に主張されています。
時効利益の放棄の効果は、援用の場合と同様相対的です。これは時効利益の放棄を当事者の意思に委ねている時効制度の建て前からして自明のことです。つまり時効利益を受ける者が数人いる場合、その一人が放棄しても、その効果は放棄を為した者及びその承継人以外の者に及ばないので、他の者は改めて時効を援用し得るのです。例えば連帯債務者間では一人の放棄は他の者に効力を及ぽさないし、保証債務についても、主たる債務者の放棄は、保証人の援用権に影響を及ぼしません。保証債務の時効利益の放棄については、時効中断における民法四五七条一項のような明文がなく、また時効利益の放棄は、一度発生した時効援用権の放棄にほかならないために、この場合にまで保証債務の付従性を考慮する必要もないことになり、原則どおり放棄者とその承継人についてのみ放棄の効力を認めれば足りるからです。同様に、連帯保証債務の場合も、主たる債務者の放棄は連帯保証人の援用権に影響を及ぼしません。
時効利益の放棄の相対的効力に関連して、保証人が保証債務について時効利益を放棄し、主たる債務者が後に時効を援用した場合、保証人は改めて主たる債務について時効を援用することができるかという問題があります。保証人が一度時効利益を放棄しながら後に再び時効を援用するのは、時効完成後の債務承認の場合と同様、信義則に照して許されないのではないかとの疑義が生じます。判例でも、主たる債務者が時効完成後、債務を承認し、保証人もまたそれを知って、保証債務を承認した場合には、後に保証人が主たる債務について改めて時効を援用することは信義則に照し許されないと判示した事例があります。しかし前述した事例はそれと多少異なっており、つまり後者と違い、前者では主たる債務がすでに時効によって消滅しているのです。保証債務は付従性を有し、主たる債務から独立しては存在し得ません。したがって主たる債務が消滅している前の例では保証人が主たる債務の時効消滅を主張する以上、裁判所としては保証債務の付従性からこの保証人の主張を無視することは出来ず、再度の時効援用を許すのと同じ結果になってしまうのです。

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