債権者の相続放棄と取消権

ローマ法の相続承継は、常に相続人の承諾が必要だったために、相続が開始しても相続財産は相続人に当然には移転しませんでした。したがって、相続の放棄は債務者の一般財産の積極的な滅少行為でないので、債権者に対して詐害行為とはならないとされていました。ドイツでも、相続の放棄はすでに取得された権利の放棄というより、むしろ申し込まれた権利の不受領だから取消の対象とならないと解されています。これに対し、フランスでは相続人は相続の開始によって当然被相続人の財産を承継するので、相続の放棄は取得した自己の財産の積極的な滅少行為であって取り消しうるとされています。日本にはフランス民法のような特別の規定がないので、民法四二四条二項を手がかりに解択することになります。

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通説、判例では、取消権は債権の共同担保の保全を目的とするために、債務者の法律行為の客体となる権利は、直接に債務者の責任財産を構成している権利に関するものでなければなりません。身分行為の取消を認めれば、債務者の人格的自由を不当に侵害することになる、などを理由として、婚姻、縁組、離婚による財産分与、相続の承認、放棄などの身分行為は取消の対象とならないと解しています。これに対して、遺産相続はもっぱらかつ直接に財産権を目的とするものだから、債務者がこれを放棄し、また限定承認をなさないで包括的相続をしたときは取り消しうるとの説があり、また現行法の解釈としても取消の対象となりうるとの説があります。この少数説は、身分行為であることを根拠とする通説に反対するわけですが、たしかに相続放棄は婚姻や縁組と異なり、財産行為たる側面を持っています。したがって相続の放棄が取消の対象となるかは、これが身分行為か否かによって形式的に判断するのではなく、相続放棄の制度理由に遡って検討されなければなりません。
相続財産が債務超過である場合は、債務者たる相続人は一般には相続の放棄か限定承認をしますが、もし債務者がこれをしない場合は、相続人の債権者は第二種の財産分難を請求すればよいことになります。逆に、相続財産が債務超過でない場合に債務者が相続放棄をすれば、相続人の債権者はこれによって不利益を受けることになります。そこで、このような債務者の相続放棄が、担続人の債権者にとって取消権行使の対象となるか、が問題となります。大審院は、遺産相続の実質は財産関係の承継ですが、相続放棄は証既存財産の滅少を生じさせない、相続承認は他人の意思によって強割すべぎでない、などを理由に、相続放棄は取消権行使の対象とならないと判示し東京高裁も同様の立場をとっています。多くの学説もまたこれに賛成しています。共同相続において、相続人の一人に遺産を全く与えないなどの分割協議がなされた場合、共同相続人の債権者および相続債権者は、これを取り消しできるか、という問題がありますが、この場合は相続放棄とは異なるとして積極に解する見解があります。
相続人の財産が債務超過である場合は、相続債権者は第一種の財産分離によって保護されます。しかし相続財産が債務超過で相続人に資産がある場合、相続人が相続放棄をすれば相続債権者はこれによって不利益を受けます。そこで債務者の相続人がなす相続放棄が相続債権者にとって取消権行使の対象となるか、が問題となります。このような事例についての最初の判例である昭和49年の最高裁判例は、前記昭和10年の大審院判例と同一の理由をもつて問題を消極に解しました。しかし判例がその理由を債務者が相続放棄する場合と同一に解することには疑問がありました。判例では、消極的に財産の増加を妨げる行為にすぎないからというが、債権者にとっては債務者の一般財産が引当となっているのであって、もともと相続人の固有財産は債務者たる被相続人の責任財産とはなっていません。したがって、この場合をドイツの利得の拒絶と同じ論法で説明するのは適当ではありません。つまり、この理論は、債務者が相続放棄をする場合には妥当しても、債務者の相続人が相続放棄をする場合には妥当しません。また判例では、相続放棄が身分行為であることを強調しますがこれも疑問です。相続放棄は一定の身分を一制提とはしていますが、その目的はあくまで財産的効果だからです。つまり消極の根拠は、相続放棄の自由を認める民法の制度趣旨に求めるのが妥当です。
離婚による財産分与が詐害行為取消権行使の対象となるかでは、下級審判例には、債権者を害することを知ってなされたというだけでは取り消せず、民法七六八条三項の趣旨に反し不当であることを立証することを要するとしたものと、ある財産を分与すれば分与者が無資力になるような場合には取り消しうるとしたものがあります。学説には財産分与のような身分行為は取消の対象とならないと解するものが多いのですが、分与は身分に附随する財産行為であるために、かような形式論は妥当でなく、その制度趣旨によって実質的に判断しなければなりません。慰籍料や離婚後の扶養として分与されたものは取消できませんが、清算としての分与は、それによって分与者が債務超過になる場合は取り消しできると解すべきです。あとの場合は本来清算すぺき財産がないからで、の意味で不相当な分与は取り消しできるとする見解は正当です。

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