時効の援用と放棄

営業資金の不足を袖うため人から30万円を利息月五分弁済期半年後という約束で借り、公正証書を作ったことがあります。払えないまま五年くらいたって催促を受けましたので、手紙で、「借用金を元金だけにまけてもらいたい。そうしてくれると年内にはなんとか四、五回に分割して支払う」旨申し入れました。それから一年たった現在、相手は公正証書によって強制執行してきました。この場合、借金が五年の時効にかかっていると言って、異議を申し立てることができるでしょうか。
時効の制度は法的安定性を期するとともに、当事者の徳義心をも尊重したものです。後者のあらわれの一つが時効利益の放棄なのです。時効の利益を受けないという意思の表示が時効利益の放棄なのですが、たとえば金を借りている者が、時効が完成している場合に、時効による利益、すなわち、時効によって債務を免れているという主張をしないで、借金を支払うことをいうのです。借金を免れようと思えばできたのに、それをしなかったということに徳義心のあらわれをみるわけです。
前述しましたように、時効の利益の放棄は、時効の利益を受けないという意思を表示することですが、それを別な角度からいいますと、時効の援用権を放棄するということです。

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普通に、放棄するというときには、放棄すべき物を認識して、そのうえで価値判断をして放棄するということになります。時効の利益の放棄についても同じことで、放棄をする者は、時効の完成していることを認識して、そのうえで時効の援用をしないで、時効の利益を受けないと意思表示をすることが、時効利益の放棄であるということになります。論理上そうなります。判例もそういっております。
この意思表示は、「時効の利益を受けない」という表現をとることがほとんどないでしょう。多くは、時効の利益を受ける者の行為を解釈して、そのような意思を認めるわけです。例えば、債務者が時効完成後に弁済するのを、時効の利益を受けない意思を表示したと解釈するわけです。
判例にあらわれてくるのを見ますと、時効完成後に、弁済するとか、一部弁済するとか、減額してくれと言ったとか、猶予してもらいたいと言ったとか、というのが多いようです。
ところで、時効完成後に、時効の完成を認識して、このような行為をすることは、実際には少ないようです。大部分は、時効完成後に、時効の完成を知らないでこのような行為をするのです。このような行為について、時効の利益の放棄とされるためには、時効完成の事実を知っていなければならないという理論にたてば、時効の利益の放棄と認めるわけにいかないことになります。その結果は、時効利益の放棄を認めた意味がほとんど失われることになります。
こういう問題に対処して、それらをなんとか時効利益の放棄とするための理論を考え出す必要に迫られました。判例は、以前は以下のような論理をたてておりました。例えば債権の消滅時効において、普通債権が10年の時効によって消滅すべきことは一般周知のものと認められるため、10年の時効期間が経過した後にこのような行為をすれば、時効の完成を知ってしたと推定すべきで、したがって、時効完成を知らないでなしたことを挙証しない以上は時効の利益の放棄となる、というのです。そして、このような時効の完成を知らないという挙証は、裁判所は容易に認めませんので、実際には大多数の場合に時効の利益の放棄があったものとなることになります。
結果として、時効利益の放棄になるとい う結論に対しては、学説の多くは賛成しましたが、その理由づけに対しては、ほとんどすべての学説が反対しました。非難は、時効の完成を知っているものとの推定ということに向けられました。我々は、時効がいつ完成するかを知らないのが一般だというのです。それは、我々の経験に照らしてみてもそうでしょう。ましてや、どの種の債権が何年の時効期間で消滅するか、それが具体的にいつであるか知らないのが普通で、それこそ推定されるといってよいでしょう。判例理論は結論を急ぐあまり無理をしたとしか思われません。
学説はこのような非難とともに、この問題の理論的解決につとめました。この学説は大体三つの型に分けられます。
時効による権利の得喪は、時効の援用によって生ずると解する立場に立って、時効期間が経過した後に弁済すれば、債務がまだあるわけだから、その弁済は有効で債権は消滅すると解するのです。その後で、改めて時効の援用をすることは許されない。そして、時効期間経過後に、まけてくれとか、弁済を延期してくれとか言って、債務を承認したときは、弁済すべき意思を明らかにしたことになり、前述の立場から考えても時効利益の放棄と解すべきだというのです。
時効の利益の放棄には、時効の完成を知ってなすことが必要だと解し、それを知らないで債務の承認をしたときは、援用権は喪失してしまうというのです。
時効完成後に債務の承認をしておいて、改めて時効の援用をすることは信義則に反して許されないというのです。
これらの学説の傾向をみますと、明らかに、時効の利益を放棄する行為と時効完成後に完成を知らないでした行為とを区別し、後者を時効の利益の放棄とみないで、しかし、実際に同じ結論を出すためにいろいろな構成をしております。そして、弁済などのように債権を消滅させる行為とまけてくれと言ったというような役務の承認とを区別しております。債権を消滅させる行為をした場合はその撤回を許さないとし、債務の承認をした場合には援用権を喪失するとか、援用権の行使は許されないとかいっております。こうみてきますと、その背景に信義則のあることがうかがわれます。
もっとも、債務の承認の場合には、改めて時効の援用を認める学説もあります。
ところで、債務の承認という言葉を使ってきましたが、これは、たとえば、まけてくれと言ったとしますと、自己に債務があることを認識しているからこそまけてくれと言ったということになり、それが債務の承認になるというのです。

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