時効援用の場所

四年ほど前にあるAに金を貸し、弁済のかわりに、Bの振り出した手形をもらいました。Bに何回も催促しましたが払ってもらえず、満期から三年あまり経ってBに催告した折、Bは手形債権は時効にかかっているから、自分に払う義務はないと言いました。そこで、私はBを訴えて利得の償還を請求しました。時効の援用は裁判所でしなければいけないということですが、裁判所でBが手形債権の時効を援用することは期待できないと思います。この場合はどうすればよいのでしょうか。
この問題と同じ事案についての大審院判決があります。「時効は公益のために設けた制度であるから、当事者の援用すると否とにかかわらず、裁判所はこれによって裁判をなしてもいけないわけのものではないけれども、時効の利益を受けるべき者が、これを受けることを欲しないで、証拠によって理非を争わんとすることがあり、この場合において強いて時効の利益を得させるのは、その必要がないばかりでなく、かえって当事者の意思に心反するものである。これ民法第一四五条の規定があるゆえんであるから、同条にいわゆる当事者は時効によって直接に利益を受けるべき者、すなわち取得時効によって権利を取得しまたは消滅時効によって義務を免れる者を指称し、時効によって間接に利益を受けるべき者のごときはこれを包含しないことが本院判例の示すところである。しかしながら、時効は時の経過によって効力を発生するものであって、消滅時効にかかった権利は時効成就の時にすでに消滅しているものであるから、債権者がその事実を主張することは前示法条の規定と全然没交渉なるのみならず、ほかにもこれを妨げるべき法律上の理由がない」としたうえで、「だからもし本訴が手形金の支払を請求するためのものならば、たとえその手形が消滅時効にかかったにせよ、債務者たるBにおいて時効を援用するのでなければ、裁判所は該手形債権を時効によって消滅したものとし、債務者のため勝訴の裁判をなすことができないけれども、本人は手形債権が時効によって消滅したから、同手形所持人として振出人たるBに対し償還の請求をなすものであるから、その請求の事由として手形債権の時効にかかった事実を主張することを得べくして、この場合に民法一四五条の適用あるわけではない」と判示して、利得の償還請求を認めました。
要約すれば、債務者が時効を援用する場合には裁判上でしなければならないが、債権者が時効を援用するには、そのような拘束をうけず、裁判外でもなしうるとしたものです。

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この判例の態度をどうみるかについては問題があります。問題を消滅時効に限って考えてゆきますが、判例は一般的に、時効の援用を訴訟手続上の攻撃防禦の方法だとみております。見方を変えていいますと、時効が完成していても、当事者が援用しなければ、裁判官はそれにもとづいて裁判をすることができない、すなわち、裁判官の職権を制限したものだと考えております。その結果、裁判外で援用しても、法律関係は確定したことにならず、あらためて裁判手続の上で援用しなければなりません。
このような考え方を前述の判例は修正したものでしょうか。債務者については、裁判上で援用しなければならぬというのですから、この点は修正したのではないでしょう。問題は、債権者が裁判外で援用したのを肯定した態度を一般化することができるかということです。おそらく次のように考えたのではないでしょうか。もし、この場合、裁判外の援用を認めないということになると、手形所持人は必ず、まず、振出人に対して、手形債権の請求の訴えをし、その訴訟における振出人の時効援用をまって、償還請求の訴えに変更するという迂遠の跡を通らねばならないことになって、不 都合と考えたからでしょう。そこで、債権者は別だという理論をたてたのでしょう。そうすると、時効の利益を主張する者は裁判上しなければならぬという考えを改めたものではないといってよいでしょう。
判例の立場に立って本問を考えますと、裁判外の援用は一般に認められないが、本問のような場合に限って、裁判外で時効が完成していることを主張することは差し支えなく、それを前提として利得の償還をすることを肯定することになります。つまり、この請求は認められます。
次に学説はどう考えているかみてみると、判例に賛成する学説もあります。時効の援用を法定証拠の提出 と考えている訴訟法説はどう考えているのでしょうか。この説に立てば、時効の援用は裁判上でしなければならぬのは当然のことでしょう。そこで、本間のような場合にどうするかという問題につきあたります。これに対しては、償還請求権の成立には手形上の権利についての時効援用があったことを要しない、としております。
この訴訟法説と対立している実体法説の立場に立つ者で、時効の援用によって権利が消滅するという、いわゆる条件説に立つ者は、裁判外の援用を認めます。裁判外で援用して、権利が消滅するという効果を生じさせてから、のちに裁判上で意を翻して裁判上放棄することを認める必要がない、と考えるからです。この立場をとれば、本問のような場合に、非常に都合がいいということになります。この説は、もちろん裁 判上での援用を応認めます。ただ、この説をとっても、裁判外で援用しても、裁判が弁論主義をとる結果、裁判上で時効を主張する必要があるわけですから、訴訟法説とそう顕著な差があるわけではありません。
これを本問に照らして考えますと、訴訟法説に立てば、一般に時効の援用は裁判上でしなければなりませんが、本問のような場合には、時効の援用という問題にふれることなく、償還請求できると解します。
それに対して、条件説によりますと、裁判外の援用も認めます。したがって、Bは催促されたときに、手形債権は時効にかかっているから払う義務はないといったのですから、そのときに、手形債権の時効を援用したことになります。そうしますと、手形債権は時効によって消滅します。そこで、Bに対して利得の償還請求をすることができます。

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