否認権

倒産しそうだという噂のあった債務者が、履行期のきていた当方の債権に対して、全額支払いをすませてくれました。やがて債務者は不渡手形をだし破産宣告を受けたのですが、破産管財人が、当方の受けた弁済は他の債権者を害するものだから返還せよ、という申し入れがありました。この言い分は正しいのでしょうか。
債務者は、資産状態が悪化すると、その苦しさのため資産を安価に処分したり、将来のことを考えて、一部の債権者にのみこっそり支払いをしたり、また資産を仮装譲渡して隠匿したりします。一方債権者の側でも、あらゆる手段を尽くして債権の回収をはかろうとします。もし債務者に、全債権者に対する債務を完済するだけの資力があれば問題はないわけですが、その資力が不足する場合には、問題は深刻であり、こうした事態を放置しておくと、公平に反し、秩序ある経済活動を著しく阻害することとなります。そこで法は、破産制度を設けて、裁判所の監督のもとに債務者のいままでの債権債務を一切清算して、その資産を、公平に債権者へ分配しようとするのです。この目的のため、破産者の財産に関し、破産宜告前になされた不公平な処分行為につき、その効力を否定し、散逸した財産を取り返す必要があり、このために破産法が認めるのが否認権です。否認権は、破産法七二条に規定されていますが、否認される行為の内容、時期、相手方によって、故意否認、危機否認、無償否認の三つの類型に分けられます。

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故意否認とは破産者が、破産債権者を害することを知ってなした行為の否認です。ここで破産債権者を害するというのは、破産財団となるべき財産を減損させ、それだけ一般債権者が配当を得られなくなることをいいます。減損があるかどうかは、通常 は、破産者のした給付に対して、客観的経済的に見合う反対給付があるか否かによってきめられます。判例は、不動産は共同担保として最も確実なものであるから、これを売却して消費もしくは隠匿しやすい金銭にかえる行為は、その売却代金が相当であると否とを問わず、換仮処分自体が詐害行為であり、その代金がそのまま保管されているとか、他の財産に変形して巌として存在していることが立証されないかぎり、つねに債権者に対する加害行為となるとしています。
次に、破産債権者を害する行為は破産者の詐害意思にもとづくことを要します。判例は、この詐害意思の内容として、たんなる加害の認識では足りず、加害の意図ないし意欲を要するとしています。
これらの要件がそなわっていても、受益者が、行為の当時、破産債権者を害すべき事実を知らなかった場合には否認できません。この立証責任は、受益者側にあります。
本問では、債務者が履行期のきている債務の支払いをすることを本旨弁済といいますが、これは本来債務者としての当然の義務の履行ですから、何ら非難される筋合いはないはずです。本旨弁済について、判例は、破産者が他の債権者を犠牲として、その債権者にのみ利益を与えようとする悪意をもってした弁済は、故意否認の対象となりますが、破産者にこのような悪意がなく、誠意をもって債務の本旨に従った履行をしたにすぎない場合は、故意否認の対象にならないといっています。判例の立揚からいえば、他の債権者を犠牲にして、あなたにのみ全額弁済がなされたようですから否認されそうです。しかし、本旨弁済に関するこの判例の傾向に対しては、既存債務の弁済は、破産者の消極財産も減少することとなるので総額には増減を生じない、誠意ある弁済というような倫理的評価基準を持ち出しても、既存債務の弁済は本来誠実な義務履行のはずである、債権者は、債務者が破産しないかぎり、各自任意に債務者から弁済を受ける当然の権利を有している、などの理由から、危機否認ならともかく、故意否認の対象とならないとの学説が多数であることを指摘しておきます。
支払いの停止や破産の申立ては、債務者が破産への危機状態にある徴候といえます。危機否認はこのような徴候が出された後になされた債務の弁済や担保の供与を否認するものです。破産法七二条二号ないし四号に定めています。一号の故意否認と比べると、詐害意思の立証を要せずに否認できるとしてその要件が緩和されています。
このうち二号は、債務者として当然な義務履行行為を否認するものです。通常の揚合、債権者が履行期の到来した債権の弁済 を受けることは、当然の権利の行使であって、他から干渉される理由はないわけですが、債務者が支払いを停止し、または破産の申立てがあった後にした債権者に対する担保の供与や弁済、更改などの債務消滅に関する行為で、債務者の義務に属するものを否認することができるわけです。債権者が強制執行によって弁済を得た場合も、役務消滅に関する行為にあたります。本号による否認の場合、受益者たる債権者が、その当時、支払いの停止または破産申立ての事実を知っていたときに限られ、この悪意の立証責任は、破産管財人側にあります。
三号は、親族または同居者に対する義務履行行為の否認で、悪意の立証責任は転換され、相手方の方で善意を立証しないと、否認を免れることができないこととなっています。
四号は、破産者が、法律上しなくともよいような履行行為をした場合、例えば、あらかじめ特約もないのに担保を供したり、代物弁済をしたりする場合です。これにつ いては、支払いの停止もしくは破産の申立前三〇日内にした場合でも否認できます。悪意の立証責任は二号否認と逆になっています。

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