断行仮処分と原状回復

断行仮処分命令の執行後、異議、上訴その他の仮処分命令取消手続において仮処分命令を取り消す場合に、裁判所は債権者に対し原状回復を命じることができるのでしょうか。仮処分命令の執行後に仮処分命令が異議、上訴その他の仮処分命令取消手続により取り消されたときは、執行の実体的な根拠が失われるため、執行開始前の状態への原状回復が行なわれなければなりません。つまり仮処分命令の執行のために執行機関がした執行処分またはその効果が残存して例えば不動産の執行官保管の仮処分にあっては、その不動産に対する執行官の保管が解放されなげればならず、不動産の処分禁止の仮処分にあっては、その登記の抹消がされなければなりません。また、仮処分命令の執行により債権者が債務者から給付を受けた物があるときは、債権者は、その物を債務者に対し返還しなければなりません。例えば金銭仮払いの仮処分または建物の明渡断行の仮処分にあっては、債権者は、仮払いを受けた金銭または明渡しを受けた建物を債務者に対し返還しなければなりません。さらに、債権者は、給付を受けた物の返還により事実上の原状回復をすることができないときは、原状回復に代わる填補賠償をしなければなりません。例えば債権者が明渡断行の仮処分により明渡しを受けた建物を他に売却した後に仮処分命令が取り消されたときは、債権者は、建物の返還により原状回復をすることができません。また、建物取去の断行仮処分の執行により建物が収去された後に仮処分命令が取り消されたときも、債権者が建物の復元により原状回復をすることは、事実上不可能であるのが通常です。このような場合には、債権者は、建物の返還に代えて賃料相当の金員を、また、建物の復元に代えて復元に要する費用額を填補賠償として債務者に対し支払わなければなりません。もっとも、仮処分命令が当初から違法であるとして取り消された場合でも、取消の効力は将来に向かって生じるにすぎず、遡及的に仮処分命令がなかったのと同様の状態に回復させるぺきこととなるものではありません。債務者は、仮処分命令が取り消されるまでの間に仮処分命令の執行により損害を受けた場合には、債権者に故意または過失があったときにかぎり、不法行為を理由として、債権者に対しその賠償を請求することができるにすぎません。

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断行仮処分にあっても、その執行手続の完了後に執行処分またはその効果が残存しているときは、執行の取消により原状回復が可能です。例えば不動産の執行官保管の仮処分で、債務者の使用を許さないものの執行手続が完了し、執行官が債務者から不動産の占有を奪い、みずから保管中に仮処分命令が取り消されたときは、執行取消の手続により執行官がその保管を解いて不動産を債務者に返還することによって原状回復が実現されます。この種の仮処分で、債権者の使用を許すものにあっては、執行官がその保管を解いて不動産を債務者に返還するためには、債権者から不動産の返還を受けなければなりませんが、債権者は、執行官の保管のもとで、その使用を許されていたものであり、仮処分命令の取消により執行官の保管が許されなくなった以上、執行官に対しその返還をしなければならないことは当然であるため、債権者が任意に返還しないときでも、執行官は執行取消手続の一環として、債権者から不動産の占有を奪うことが許され、別に債務名義を必要としないと解すべきです。
仮処分命令の執行の取消は、当該仮処分命令を取り消す旨の執行力のある裁判の正本が執行機関に提出されたときに行なわれるため、例えば不動産の執行官保管の仮処分命令を取り消す旨の仮執行宣言付判決を得た債務者が執行の取消を受けるには、この判決の正本を執行官に提出すればよく、断行仮処分の執行手続が完了した後であっても、その原状回復が執行の取消によって可能であるときは、債務者は、異議、上訴その他の仮処分命令取消手続において、たんに仮処分命令の取消を求めればたり、原状回復のために特別の裁判を求める必要はありません。
断行仮処分のなかには、その執行により債権者に対し本執行におけるのと同様の満足を与えるものがあり、そのような仮処分にあっては、その執行手続の完了後は、もはや執行処分またはその効果が残存しないため、執行の取消により原状回復を実現することはできません。例えば金銭仮払いの仮処分または建物の明渡断行の仮処分にあっては、仮処分命令を債務名義として、金銭債権または不動産明渡請求権の実現のための本執行と同じ手続きに従って執行手続が行なわれます。したがって、執行手続が完了した後は、全体としての本執行手続が完了した場合と同様、もはや執行の取消の対象となる執行処分またはその効果は残存しません。このような断行仮処分の執行手続の完了後に仮処分令令が取り消されたときは、債権者は、執行により給付を受けた物を債務者に対し返還することにより原状回復をしなければなりませんが、債権者がこの義務を任意に履行しないときは債務者は、債権者に対し義務の履行を命じる判決その他の債務名義を得て、これにもとづき強制執行をするほかはありません。また、前述のとおり、債権者が仮処分の執行により給付を受けた物の返還により事実上の原状回復をすることができないときは、原状回復に代わる填補賠償をしなければなりませんが、債権者が任意に填補賠償をしないときは、債務者は、債権者に対し填補賠償を命じる判決その他の債務名義を得て、これにもとづき強制執行をするほかはありません。
これらの場合、債務者は、債権者に対し、断行仮処分の執行により受けた給付の返還またはこれに代わる填補賠償を請求する実体上の権利を有するために、この権利の実現を訴えをもって請求することができることはいうまでもありません。また、必要性が認められるかぎり、この請求権を被保全権利として保全処分、ことに逆断行の仮処分を得ることも可能です。しかし、債務者がこの請求権を実現するについて、訴え、または逆断行仮処分によるほか、もっと簡易迅速な方法は認められないかどうかが問題となります。
仮執行宣言は、確定前の判決に執行力を付与する裁判であり、これにより確定前の判決の内容の実現を許すものです。そして、仮執行宣言にもとづき執行が行なわれた後に判決が取消されるときは、実体的には、本来執行すべきでない判決にもとづいて執行が行なわれた結果となるため、仮執行をした当事者は、相手方から給付を受けた物を返還して原状回復をすべきです。そこで、仮執行宣言付判決に対する上訴審において、判決を変更するときは、その手続内で、相手方の申立てにより、仮執行をした当事者に対し給付を受けた物の返還を命じることができるものとし、相手方が別訴によることなく、簡易迅速に原状回復を実現することができるようにはかりました。これがこの規定の趣旨ですが、この規定を仮処分命令の取消の場合に類推適用することは許されないでしょうか。
仮執行宣言も断行仮処分もともに、将来、請求権の存在が既判力を伴う判決によって確定されることを前提として、判決の確定前に請求権の満足を許すものであり、仮執行宣言付判決が取り消された場合も、断行仮処分が取り消された場合も、債権者は、執行により受けた給付を返還して原状回復をしなければならないという点において、両者はきわめて類似しているということができます。
このような類似性を理由に、断行仮処分の取消の場合につき、民訴法一九八条二項の類推適用を認める見解が有力でありこの見解によれば、断行仮処分命令に対する異議、上訴その他の仮処分命令取消手続において、仮処分命令を取り消すときは、裁判所は、債務者の申立てにより、仮処分命令により債務者が給付した物の返還を債権者に対して命じることができることになります。
しかし、この見解には、様々な疑問があります。民訴決一九八条二項の場合は原状回復請求権の存否が本案の訴訟手続内で判断されます。つまり、この規定は、一種の訴訟中の訴えの提起を認めたものであり、原状回復請求権の存否を訴訟において既判力をもって確定させることとしています。これに対し、仮処分命令の取消手続における立証は疎明によってされ、そこで請求権の存否について判断がされても、それは仮定的、暫定的なものにとどまり、既判力を有しません。したがって、仮処分命令の取消手続は、原状回復請求権の存否を確定する手続には適しないといわなければなりません。そこで、仮に、民訴法一九八条二項の規定を仮処分命令の取消の場合に類推適用し、仮処分命令の取消の判決で原状回復を命じることを認めるとすれば、その命令は、仮定的、暫定的なものであり、いわば無担保の逆断行仮処分にひとしく、そうであるとすれば、原状回復請求権の存否を確定するための本案訴訟が必要となりますが、債務者が本案訴訟を提起しないとき、債権者は、起訴命令の申立てをすることができるかどうかが疑問となります。これを肯定し、本案不提起による原状回復命令の取消の申立てが許されるとすると、さらに逆の原状回復命令の可否が問題となります。また、原状回復命令がされた後、その執行がされる前に、仮処分の本案訴訟における原告勝訴の判決が確定した場合に、原状回復命令がどうなるかも問題です。この命令が当然失効することはありえないため、このままでは、本案の原告勝訴判決が確定しているにもかかわらず、いったんは原状回復をすることを認めることにならざるをえませんが、このような事態を避止するには、原状回復命令を一種の仮処分命令とみて、本案における原告勝訴判決の確定を事情の変更として、原状回復命令の取消を認めることになります。このように、民訴法一九八条二項の規定を仮処分命令の取消の場含に類推適用することには、様々な疑問があり、にわかに賛成することはできません。したがって、原状回復のために債務名義を得る必要があるときは、訴えによるほかはないというべきです。

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