特別事情による仮処分の取消

債務者に保証をたてさせて仮処分を取り消すことが認められる要件としての特別事情とは、具体的にどのような事情を考慮して決せられるのでしょうか。仮処分は、特定物に関する請求権の執行保全や争いある権利関係の暫定的規整を目的とするものであるため、債権者は、保証の提供による金銭的補償を得ただけでは、その目的を達することができないというのが通例です。その点からみて、仮処分には、金銭債権の執行保全を目的とする仮差押えにみられるような、債務者が裁判所の定める保証をたてると当然に取消を許すという制度はありません。しかし、仮処分も権利未確定の間になされる強力な処分であるという点では仮差押えと異なるところがないため、保証提供による仮処分の取消を一切認めないというのでは、債務者に酷な場合があります。そこで、法は特別の事情がある場合にかぎって、保証提供による仮処分の取消を許すべきものとしています。つまり、債務者が保証をたてれば、債権者、債務者間の公平ないし利害調節という観点からみて、仮処分を維持することがかえって不公正になるというような事情、特別事情がある場合にかぎって、仮処分の取消が認められるのです。なお、同様の制限は仮処分異議訴訟において債務者が保証をたてることを条件として仮処分命令を取り消す場合にも認められます。

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どのような事情が特別事情にあたるかについては、多くの裁判例がみられますが、一般的にいえば、被保全権利が金銭的補償によってほぼ目的を達しうる事情と、債務者が仮処分によって異常な損害を被る事情とが特別事情にあたると解されています。もっとも、これら二つの事情が併存するときにのみ特別事情が認められるのか、いずれか一方の事情があればたりるのか、という点については必ずしも見解が一致していないようです。しかし、最高裁判所はいずれか一方の事惰があればたりるとする説をとることを明らかにしており、また、そのように解するのが現在の通説であると思われます。
仮処分が取り消されると、債権者には将来の権利行使ないし現在の法律生活の安定が不可能または困難になるという不利益が生じることとなりますが、そのような不利益が金銭的に保証されうるならば、債権者が金銭的補償によって被保全権利の実現と同等のあるいはそれにほぼ近い満足を得ることができるというのであれば、債務者の保証提供による仮処分の取消を認めることができます。ただし、金銭的補償が可能であるか否かは、被保全権利の性質のみから形式的に判断できるものではなく、仮処分の種類、内容、仮処分の取消によって生じる債権者の損害の程度、その損害賠償の難易などの諸般の事情を総合的に考慮したうえで客観的に判断しなければならないといわれています。例えば労働者の賃金の支払いを命じる仮処分の被保全権利は金銭債権の性質を持ちますが、この場合の仮処分は労働者が即時に賃金の支払いをうけることを目的とするものであるため、金銭的補償の可能性は否定されるのです。それでは、具体的に、どのような場合に金銭的補償の可能性が肯定されるのでしょうか。この点については、結局、個々の具体的事案に応じてみていくしかないのですが、判例、学説におけるおおまかな傾向はおおよそ次のようです。
担保物権、詐害行為取消権、遣留分滅殺請求権などが被保全権利である場合には、被保全権利そのものが金銭的価値の把握を終局の目的としているため、金銭的補償が可能です。また、代替性ある物の引渡請求権が被保全権利である場合には、債権者は金銭的補償によって容易に代替物を取得することができるから、同様に解することができます。さらに、商人の営業上の物の引渡請求権もその行使の目的が単純に金銭的価値の追求にあるとみることができるため、それが被保全権利である場合には、金銭的補償が可能です。ただし、以上のような比較的容易に金銭的補償の可能性を肯定できる場合はそう多くみられるわけではなく、判例にみられる多くの事案はより複雑です。例えば、特許権、商標権、意匠権などの工業所有権の侵害にもとづいて製造、使用、販売などを禁止する仮処分がなされている場合、金銭的補償の可能性が肯定されそうであり、現にそのように解する判例もありますが、債権者の損害額の算定が困難であること、名誉、信用についても顧慮する必要があることなどを理由に、否定的に解する判例もみられるのです。また、土地・建物の所有権またはこれにもとづく明渡請求権などを被保全権利として処分禁止や占有移転禁止の仮処分がなされている場合にも、金銭的補償の可能性についての判断は必ずしも容易ではなく、仮処分の究極的な目的が転売や賃料取得による金銭的価値の追求にあるとみられるときは肯定的に解される余地がある、としかいえないようです。なお、土地明渡請求権にもとづく工事禁止仮処分についての最近の判例においては、債権者側の土地利用計面の有無が、それがないから金銭的補償の可能性が肯定されるという形で、考慮されていることもあります。
金銭的補償の可能性が肯定されるときにも、当然諸般の事情が考慮されるのですが、その際には次のような点が重視されているようです。前にみた労働者の賃金支払いを命じる仮処分や扶養料の支払いを命じる仮処分のような場合には、仮処分の目的からみて、金銭的補償の可能性が否定されます。近年では、日照権にもとづく差止請求権を被保全権利とする工事禁止仮処分について、金銭賠償をもってしては救済できない日照そのものの確保を終局の目的とし、たんに金銭的保証によってはその終局の目的を達することができないとした判例や、借家人の敷地利用権保全のための建築禁止の仮処分について、生活の平穏に対する侵害予防を目的とするから、金銭的補償の可能性がないとした判例がみられます。また、仮処分の取消によって生じる債権者の損害そのものは金銭的補償の可能性があるとみられる場合であっても、具体的にその損害の範囲、額の算定が困難ないし不可能であるときには、結局金銭的補償の可能性は否定されることとなります。例えば不動産に対する処分禁止仮処分について、仮処分を取り消すと係争不動産をめぐって第三者の多岐にわたる権利関係が発生するおそれがあり、これによって被る債権者の損害を補填すべき金額の算定が事実上不可能であるため、いまだ金銭的補償により終局の目的を達しうる特別の事情ある場合にあたらないとする判倒があります。なお、その当否については間題があるように思われますが、仮処分を取り消して立木の伐採を認めると治山治水上の社会問題を生じるおそれがあるというような、いわゆる公共の利害が参酌されていることもあります。
金銭的補償の可能性の判断が困難ないし不可能である場合でも、債務者が仮処分によって通常考えられるものと比較して著しく大きい損害をうけるというときには、同様の仮処分の取消が認められます。異常損害の発生は、仮処分によって、債務者の事業の継続が不可能または著しく困難になる場合、仮処分の目的物の価値が著しく滅少する場合、債務者の名誉信用が極度に失墜する場合などに認められていますが、個々具体的に判断されることであるから一般化して考えることはできないように思われます。また、債務者の損害が異常かどうかの判断は、仮処分の取消によって生じる債権者の損害との比較衡量の問題であるため、債務者の損害自体の大小にあまり拘泥すべきでないともいわれています。この異常損害の発生は、金銭的補償の可能性の存否にかかわらず特別事情にあたるとするのが通説ですが、判例にあらわれた具体的事案においては、これのみが問題となっている場合は少なく、金銭的補償の可能性、債権者が仮処分の取消によってうける損害と、異常損害の発生、債務者が仮処分の継続によってうける損害とを比較して特別事情があるか否かを判断する、というような形で問題となっている場合が多いようです。

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