事情変更による保全命令の取消

不動産の占有権にもとづく妨害排除請求権を被保全権利として執行官保管の仮処分を得た債権者が、その不動産について自己の賃借権の確認訴訟を提起したが、請求棄却の判決が確定しました。裁判所は債務者の申立てにより事情変更があったものとして仮処分命令の取消しをすることができるでしょうか。保全処分は疎明等により簡易迅速になされる暫定的措置であるため、当初具備された保全命令の発令要件がその後の事情により変動することや、当初から保全要件が具備されていなかったことが事後に判明することが有り得ます。このようにして、事後に保全要件が欠落するにいたった場合および当初から保全要件が欠けていたことが事後に判明した場合、いいかえると、保全要件に関し、現在では、処分当時と異なった判断をなすべ事実や資料の提出ができるようになったことを保全処分後の事情変更といいます。そして、この事情の変更があった場合には、債務者の申立てにより裁判所が審理の上判決で保全命令を取り消すことにしており、これを事情変更による保全命令の取消といいます。

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事情変更による保全命令の取消の根拠は二つあるとされています。一つは判断の基準時以後の権利関係の変動への対応であり、他は保全命令の暫定性への対応です。保全要件の事後の欠落による事情変更は前者であり、保全要件の欠落が事後に判明したことによる事情変更は後者です。後者について敷衍すれば、保全処分はあくまで暫定的処分であって終局的なものでないため、後の本案訴訟においてなされた確定的判断に譲歩すべき運命にあります。この暫定性のゆえに通説、判例は保全要件の欠落が事後に判明した場合をも事情変更にあたるとしているのです。
事情変更の類型として、保全要件の事後の欠落に該当するものに、被保全権利の消滅、保全の必要性の消滅、債権者の保全意思の放棄、喪失、保全執行の可能性の消滅等があり、当初から保全要件の欠けていたことが後に判明した場合の典型が本案訴訟における債権者の敗訴です。そして、債権者敗訴の本案判決が確定した場合には、一般的に、事情変更があるものとして保全命令の取消が認められますが、債権者敗訴の本案判決が未確定の場合には、上級審で取り消される可能性もあるので、常に事情変更があるとすることはできません。この点に関しては、裁判所は必ずしも常に該仮処分決定を取消すことを要し、又は得るものではありませんが、その裁判所の自由裁量により、判決が上級審で取消されるおそれがないと判断したときは、事情の変更があるものとして保全命令を取消すことができる。とするのが判例であり、学説もこれを支持しています。
債権者敗訴の本案判決が確定した場合であっても、保全処分において主張し審理された被保全権利と本案訴訟における請求とが同一であれば、事情変更があるとするのに格別問題はありません。ところが、被保全権利と本案請求権とが異なる場合がありうること、つまり、被保全権利と異なる請求が本案訴訟たりうることが本問のような間題を生じしめます。問題となるのは、(1)保全処分における被保全権利が本案訴訟で否定されてもなお請求の起訴において同一性を有する別訴が可能である場合、(2)被保全権利が複数であり、その一部についての本案訴訟で敗訴した場合、(3)被保全権利と本案請求権が異なり、その本案訴訟で債権者が敗訴した場合などです。このような場合、事情変更があるとして保全命令を取り消すべきか、あるいは、別訴の判決確定にいたるまで保全命令を存続せしめるべきか。そこで、この点に関する裁判例をみることにします。
(1)の場合につき、保全処分における被保全権利である連帯保証債務履行請求につき請求棄却の判決が確定し、さらに保証債務履行請求の別訴が提起された事案において、保全は当初其の保全を求められたる請求権のもに限られることを理由に、事情変更による取消を認めた判決があります。この判決は、被保全権利と本案請求権との同一性を要求し、これを基準として事情変更による取消の可否を決するものと思われます。
同じく(1)の場合につき、債権者が被保全権利として占有権のみを主張し、裁判所もまた口頭弁論を経て占有権の存否および占有侵奪の有無について審理のうえ仮処分判決をなしたところ、仮処分の本案である占有回取の訴えが擬制取下げとなった結果、出訴期間の経過により債権者はもはや占有訴権を行使しえなくなり、さらに賃借権確認の訴えを提起した事案につき、東京地判昭和四四年六月三○日では、賃借権確認の訴えが仮処分の本案訴訟たりうることを肯定するとしても、事情変更にあたらないとはいえないとしました。つまり、仮処分の被保全権利に関する本来の本案訴訟を維持もせず取下とみなされた上、もはや訴を提起しえない事態に至っても、なおそれと請求の基礎を同一にする別訴が係属中であるとの一事により仮処分の存続を認めることは、仮処分の浮動的状態の除去をはかり、債権者の劣位を補わんとする民訴法七四七条の趣旨に沿わないと考えられるからであり、この結論は、債権者が、あらためてその主張する賃借権にもとづき保全命令を得ることの不利益と、仮処分訴訟において審理判断を経なかった債権者主張の賃借権を被保全権利とする別個の保全処分ないしその執行への流用を承認させられる債務者の不利益を比較衡量することによっても是認される、としています。
(2)の場合にあたるものとして、債権者が、債務考の占有する建物につき、いわゆる占有移転禁止、執行官保管の仮処分決定を得、その後、建物の明渡しを求める占右回収の訴えを提起し、さらに所有権にもとづく家屋明渡しの訴えを提起しましたが、前訴において敗訴判決が確定したところ、債務者が、前訴の敗訴判決確定を理由とする仮処分命令の取消を求めた事案において、東京地判昭和二五年八月二五日は、債権者がその仮処分命令の申請理由として、占有権に基づく明渡請求権と所有権に基づく明渡請求権とを併合主張したといい、その主張自体は敢てこれを排斥すべき理由はありませんが、それなら、債権者としては、その本案訴訟でも二個の権利を選択的ないしは予備的に併合主張すべきであって、相異なる二個の請求をそれぞれ別個の訴で訴求しながら、この二つの訴訟を本案として、一つの仮処分で二個の判決の執行を保全するということは理論上許容しがたく、債権者が本件仮処分の本案たる占有回収訴訟において、占有権に基づく明渡性急権のみを主張し、所有権に基づく明渡請求権を併合主張する機会を失って、債権者敗訴の判決が確定した以上、その勝訴判決の執行保全を目的とする本件仮処分はその理由が消滅したものというべく、これを更に別個の訴訟の仮処分に流用して、その権利の保全のために存続せしめることは許されないものと解するとして事情変更を認めました。
保全処分に対応する本案訴訟は、保全処分の申請において主張した被保全権利と請求の基礎において同一であるかぎり、種々の請求原因にもとづく訴訟が可能であるため、逆いえば、保全処分はこの範囲内で種々の請求原因たる権利を保全するといえます。しかし、これらの権利は同一訴訟で予備的にでも主張しうるのであって、故意にせよ遇失にせよ、たまたま単一の請求原因で提起した本案訴訟に敗訴が確定したとき、次に別の請求原因で新たな訴訟を提起しその帰すうまで当該保全処分を維持しなければならないものとすれば、保全処分決定に対し種々の取消原因を設けて当初における債務者の劣位を補おうとする法の趣旨を没却します。したがって、いったん債務者が本案として提起した訴訟において理由なしとして敗訴確定すれば当該保全処分は事情変更ありとして取り消すべきものと考えられます。
(3)の場合につき、被保全権利が占有権にもとづく妨害排除請求権であり、賃貸借契約確認請求の本案訴訟において請求棄却の判決が確定した事案において、大阪地判昭和三○年二月二八日は、確認判決においては単に賃借権の在否が判断されたのみで、占有権の存否については何ら判断されていないため、確認訴訟において被申立人敗訴の判決が確定したのみでは未だ本件仮処分の被保全請求権が終局的に否定されたことにはならない。従って、申立人において被保全請求権が終局的に否定されたことを理由として本件仮処分の取消を求めるには、更に占有権に基づく妨害排除請求訴訟における被申立人敗訴の判決を得なければならない。としました。

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