相殺権の濫用

債権者が債務者に対して一方では債権を有し、他方では債務を負担している場合に、当事者双方は、当該債権、儀務は対当額で決済されるものという期待を有しているということができます。これが、相殺適状の状況にあれば対立当事者が相手方に対して相殺の意思表示をすることによって弁済と同一の効果を生じてそれぞれ債権、債務は消滅します。実際に相殺されるにいたる前の段階においても当事者は将来相殺に供して債権、債務は清滅するという予想をし、これが相殺の担保的機能といわれるものです。破産法は、この担保的機能を重視して、破産宣告があっても債権、債務の対立があれば相殺することができる旨規定しており、そうして破産者の債権者からする相殺の自働債権につき、相殺の可能性を拡大している反面、相殺が濫用にわたる場合について相殺禁止の規定を有して相殺を制限しているのです。

スポンサーリンク

お金を借りる!

破産者と対立する債権を有する破産債権間でなす相殺は、他の破産債権者との関係でみれば当の相殺をなした債権者のみが債権の対当額の限度において完全な弁済を得たことになり、債権者間の平等も破壊することになります。また、破産財団からみれば相殺によって破産財団所属債権が現実に回収されない点で破産財団の充実が害されることになります。それにもかかわらず相殺が許されるのは前述の相殺の担果的機能に基づくものですが、しかし、かかる担保的機能に照し相殺を許してよいものはこの債権者平等を害し、かつ破産財団の充実を害してでもなお認められる範囲に限定されなければならないことは当然です。そこで法は破産宣告後にいずれか一方当事者が債権を有するにいたった場合、および破産宣告前であってもこの債権者平等に違反することや将来の破産財団を害することを知って債権を取得もしくは債務を負担したときはこれを禁止したのです。なお被産法の規定は、破産債権者のする相殺についてたてたものですが、破産管財人の側からする相殺が許されるかについて通説では、これを管財人の善管義務の問題として処理するのに対して、これが許されないとする下級審判例が最近存在し、また一〇四条の制限に触れる破産債権者と管財人の合意は無効であるとする最高裁判決も存します。
破産宣告前の時期における相殺の禁止の態様は、法は支払の停止または破産の申立ての事実を知って債権を取得しまたは債務を負担したときは、これがなされた後は画一的に債務者の経済的危機時期であることを認め、この時期においては、破産者に対する債権は実価が下落しているため、これと反対債権とを相殺したのでは、そうでなくても対当額においては完全な弁済を受けたと同一になるのに、債権の実価が下落しているのに相殺したのではより一層債権者平等を害し、反面、財団からみれば実価下落したため本来支払わなくてもよい部分についてまで弁済したことになり、かつ財団に所属する実価の下落していない破産債権者に対する債権が回収できないことになるために、かような状態における債権、債務をもってしては相殺を許さないとしたのです。しかし規定は画一的に支払停止、または破産の申立のみを基準にあげますが、債務者の財産的危機時期はこの時点以後に限定されているわけではありません。要は、破産債権者の債権実価が下落してしまったために本来の額面の価値に満たない債権でしかないのに、本末の額面どおりとして相殺されることが債権者平等をより一層破壊し、かつ破産財団の充実を害するのであるために債権の実価が下落している時期、つまり実質的な財産的危機時期に、かつこのことを知って取得した債権、債務は相殺が禁じられるのです。このことは、債権、債務の取得が破産宣告より一年以上前であっても、通常宣告から一年以上前であれば破産管権者を害すること、つまり財団の充実を害することを知って取得することはないと推認できるため例外として禁止を緩和したので、逆に一年以上前であっても破産債権者を害することを知って、かつ支払停止または破産の申立の事実を知っていたことがそれぞれ立証されれば相殺は再び禁止されるといわなければなりません。また、判例も同様です。
なお支払停止は知らなかったが、支払不能は知っていた場合については、支払停止が法律上支払不能を推定せしめている法の規定からは、本来の破産原因たる支払不能を知っていた場合にはたとえ支払停止を知らなくてもなお相殺は禁止されると解されます。

お金を借りる!

破産債権と財団債権の概念/ 別除権者の有する破産債権/ 企業破産と給料、退職金/ 多数債務者に対する破産債権/ 債務者の破産と保証人の地位/ 破産財団の意義と範囲/ 破産宣告の効果/ 賃貸借契約と破産/ 取締役の地位と破産/ 他人の生命の保険契約/ 破産管財人と保険会社/ 財団債権/ 財団債権の範囲/ 財団債権の弁済/ 財団債権の行使/ 取戻権/ 代償的取戻権/ 仮登記担保/ 仮登記担保権の破産手続上の地位/ 譲渡担保/ 譲渡担保の担保権者の破産/ 所有権留保/ 売主の取戻権/ 支払停止と回り手形債権/ 動産の特別先取特権/ 商事留置権/ 相殺に供される債権の種類/ 相殺権の制限/ 破産法による相殺権の制限/ 手形の買戻請求と預金債権の相殺/ 当座振込と貸金債権との相殺/ 相殺権の濫用/