当座振込と貸金債権との相殺

当座口振込は、送金依頼人が金融機関に対して、送金受取人がその取引金融機関に有する預金口座に一定金額を入金するよう依頼する送金方法であって、送金受取人は、被仕向銀行との間の当座勘定契約、普通預金契約にもとづいて、入金された振込金につき当然に預金債権を取得することになるので債権者たる被仕向銀行は、送金受取人に対する貸付金債権をもってこの預金債権と相殺することができるのが原則です。しかし、送金受取人が支払停止などの危機状態に陥ったのちに預金口座に振込がなされたような場合に、その振込金返還債務を受働債権として貸付金債権と相殺することが許されるかについては、従前から議論があり、多くの学説は相殺は許されないとの見解をとっていました。ところが、そのような危機状態の下での債務負担行為はつねに否認権行使の対象となりうるとの理由により、相殺は禁止されないと明言する最高裁の判例があらわれたことから、これに対する反論が強く主張されるようになり、やがて昭和四二年法八八号の改正法により破産法一〇四条二号が追加され、危機状態において悪意で負担した責務を授働債権とする相殺も明文上許されないこととなりました。そこで、支払停止後に当座口に振込まれたことにより生じた預金債権も、支払の停止ありためことを知りて破産者に対して負担したる債務にあたることになり、これを受働債権として貸付金債権と相殺することは許されないことになりました。

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破産法一○四条二号は、その但書において、そのような債務の負担が危機状態に陥ったことを知ったときより前に生じたる原因に基くときは、このかぎりでないと規定しているので、振込金を預金口座への入金とする旨の当座勘定取引契約、普通預金契約がそれ以前に締結されていた場合には、それらの契約が前に生じたる原因にあたり、したがって支払停止後に振り込まれた振込金債務と相殺することも許されるのではないか、との疑問の生じる余地があります。しかし、当座勘定取引契約、普通預金契約では、送金受取人の振込による入金を預金として取り扱うという一般的な特約がなされているだけで、金融機関が振込によって債務を負担するのは全く偶然の事情によるにすぎないために、これらの契約締結の時点において、将来振込によって生じる預金債権を受働債権とする相殺により貸付金等の回収をはかろうとする相殺の担保的機能への期待はないはずだとの理由から、このような契約を前に生じたる原因とみるのは無理だとする見解が支配的です。もっとも、振込指定のなされている場合については、この振込指定を前に生じたる原因とみる見解とこれを否定する見解とに説がわかれていますが、振込指定は単なる弁済方法の指定にすぎないようなものではなく、金融機関と貸付先との間においても、それが貸付金の保全をはかるための担保手段であることが了解されているのが実際であるために振込指定にもとづく預金債務の発生は当初から予定されているものであり、この振込金については貸付金との相殺への正当な期待利益があるとして、これを前に生じたる原因とみて、相殺は許されると説く見解も有力です。
代理受領は、債権者(甲)が債務者(乙)に対して有する債権を担保するため、債務者が自己の債務者に対して有する債権について、乙から取立の委任を受けて再より受領した取立金を直接自己の債権の弁済に充当し、または、取立金の返還債務と相殺するという方法による慣行的な債権担保手段ですが、乙の支払停止後にその事実を知って甲が丙から代理受領した取立金を破産債権たる貸金債権の弁済に充当し、または、取立金の返還債務と相殺する場合には、振込指定の場合と同様の問題が生じることになります。破産法一〇四条二項但書の前に生じたる原因を直接的な債務負担の原因行為と解する立場に立てば、基本の代理受領契約はこの原因にあたらないということになり、相殺は許されないことになります。しかし、代理受領は単なる債務取立契約ではなく、代理受領権が銀行にのみ与えられ、一方的に解除しない旨が約され、かつ、第三債務者がこの契約内容を承認しているのが通例であるところからすれば、銀行側にも取立金との相殺への合理的期待利益があるとみられるのであって、そのような観点から代理受領契約を前に生じたる原因とみてこの相殺を許すべきだとする見解が有力です。
破産宣告後に振込がなされ、または代理受領した場合の振込金、取立金については、破産債権者たる銀行は破産宣告の後、破産財団に対して債務を負担したことになり、しかもこの場合には同条二号但書のような規定は設けられていないために、これを受働債権として貸付金債権と相殺することは許されません。

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