相殺の抗弁

Xは、Yに対し、五〇万円の売買代金請求の訴えを提起しましたが、Yは、口頭弁論において抗弁として、Xに対する九〇万円の貸金債権のうち五〇万円をもって相殺する旨の陳述をしました。
その後XがYの同意を得て訴えを取り下げたとすれば、Yは、後日、別訴により賃金返還請求の訴えを提起できるでしょうか。
XのYに対する訴訟の係属中、Yが別訴で九〇万円の貸金返還請求の訴えを提起することはできるでしょうか。遂に、このような別訴が以前から係属している場合、設例のような相殺の抗弁は提出できるでしょうか。
Yが、相殺に供した債権の残額について給付判決を得るためには、どのような方法が適当でしょうか。
相殺の抗弁が認められてX敗訴の判決があり、確定したとします。後日Yが、前訴におけるXの売買代金債権は契約が公序良俗に反してもともと不存在であり、したがって、相殺に用いられた反対置権は消滅していないはずであるとして、九〇万円の貸金返還請求の訴えを提起することはできるでしょうか。

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Yが貸金返還請求の別訴を提起することを妨げられないのは当然ですが、その貸金債権は前訴で相殺に供されたため消滅したのかどうかが問題です。設例におけるYの陳述は、いわゆる訴訟上相殺の抗弁であり、訴訟上相殺の性質につき私法行為説をとれば、Yの陳述には、Xに対する私法上の相殺の意思表示とそれによる対立債権消滅の効果を裁判所に対し主張する訴訟行為(抗弁)とが外形上一個の行為のなかに含まれ、前者のXへの到達によりXの売買代金債権とYの貸金債権とはその時点で対当額において消滅したことになり、この効果は私法上のものだから、訴えの取下げによる訴訟係属の遡及的消滅にかかわらず残存するといわざるをえません。これに反し、訴訟上相殺の抗弁を単一の訴訟行為とみる訴訟行為説の立場では、訴えの取下げにより訴訟上相殺の抗弁も他の訴訟行為と同様に完全に失効し、Yはその貸金債権の存在を主張して貸金返還請求の訴えを提起できることになります。この点では訴訟行為説の方に分がありますが、私法行為説でも、前述の帰結を避けるため解釈論的な修正が試みられつつあり、両説の優劣はなお多面的に検討を要します。
相殺の抗弁の提出によりYの貸金返還請求につき訴訟係属が生ずるわけではないから、Yの別訴ないし相殺の抗弁の提出は、二重起訴の禁止には触れません(通説)。しかし、判決理由中で相殺の抗弁につき判断がなされ、相殺に供された債権の不存在につき既判力を生ずるに至る可能性はあるわけなので、審理の重複と既判力の矛盾抵触を避けようとする二重起訴の禁止の趣旨を類推し、同一の債権を別訴と相殺の抗弁の双方で主張することは許されないとの学説があり、下級審判例も分かれています。相殺の抗弁はひとつの防禦方法にすぎず、それが判決において斟酌されるかどうかは、他の攻撃防禦との関連上、全く未心的であり、その提出を二重起訴の禁止に準じて制限するのは、被告の防禦を不当に害し、相殺の抗弁の撤回が自由であることとも適合しません。通説を正当とします。
Yとしては、相殺に供した貸金債権の残額四〇万円の支払いを求める反訴を提起すればよいこととなります。
Yの九〇万円の貸金債権のうち五〇万円については、前訴における相殺の結果としての不存在が既判力をもって確定されているから、その限度では、Yは敗訴を免れません。

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