不起訴の合意

美街商のXと陶芸家のYとの間で、Yは、一年間にわたり毎月末日までに新作の花瓶一個をXに発送する旨の契約をし、Xは代金全額の前払いをしました。そのさい、両者は、この契約にかんしトラブルを生ずるようなことがあっても、ぜったいに裁判所にもち出さないで話合いで解決することを約束しました。ところが、ある月末をすぎても、いっこうにY製作の花瓶が到着しなかったために、Xは損害をこうむったとして、Yを相手どって損害賠償請求の訴えを提起しました。
設例のような不起訴の合意が主張され、その存在が証明された場合、裁判所はどう処理すればよいでしょうか。
口頭弁論において、Yは不起訴の合意を主張するとともに、問題の月末にも、一個の花瓶をXあてに発送したことを主張しました。証拠調べがなされて、裁判所としては、合意があった事実についてはまだ心証をえないが、花瓶がXあてに発送され、その到着後、Xの使用人が取扱いを誤ってこなごなに割ってしまったのをかくしていた、という事実につき心証を得ました。裁判所は、ただちに請求棄却の判決をなしうるでしょうか。不起訴の合意があった事実と発送の事実との双方につきすでに心証を得ている場合ならばどうでしょうか。

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Xの訴えは権利保護の利益を欠き不適法として却下を免れない、というのが、不起訴の合意を私法契約とみる現在の多教説の示す帰結です。私人間で国に対する公権としての訴権を放棄する合意はできませんが、不起訴の不作為義務を生ずる私法上の契約としては有効で、これに反して訴えが提起された場合、被告がこの合意の存在を主張、立証すれば、国として原告の審判の要求を取り上げてやる利益ないし必要が欠ける、というのです。これに対し、私法契約といいながら私法上の不作為請求権に、訴えの権利保護の利益が欠けるとする抗弁権の発生要件としての意味しか認めないのは背理で、不必要な回り道ではないのか、との批判があり、むしろ、合意に反して提起される訴えを直接に不適法とする訴訟上の効果を目的とする訴訟契約とみるべきだとする説があります。ただし、後者でも、合意の存在が裁判所に主張、立証されてはじめて訴えが却下されることになる点、および、多教説のなかにも、不起訴の合意にかかわらず当事者間で自主的な解決が行きづまった場合には訴えの利益を認めて本案判決をしてもよいのではないか、との反省が一部に生じている点に注意を要します。
権利保護の利益は訴訟要件、本案判決要件に属するから、不起訴の合意の性質にかんする多教説の立場では、主張された合意の存否がまだ明確とならない以上、請求の理由のないことがすでに判明したからといって、ただちに請求棄却の本案判決をなすべきではなく、また、不起訴の合意の存在につき心証を得たときは、同時に請求の理由のないことが明らかな場合でも訴えを却下しなければならない、と解するのがふつうです。しかし、設問のように、Yの債務履行が立証され、Xの請求の理由のないことが訴訟上すでに判明しているなら、権利保護の利益の有無にかかわらず、ただちに請求棄却の判決をした方が、実体上の権利関係につき既判力が生じて紛争の根本的解決ともなり、裁判所の負担を省き、被告にとってはより有利であるし、原告としては訴えの却下でも請求の棄却でも敗訴に変わりはない点で、より適当ではないかとも考えられます。このような見解を示す判例や学説があり、さらに、権利保護の利益以外の若干の訴訟要件についても同様な処理を認めようとする説が現われています。

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