手形債権による相殺

Aに対する手形債権でもって、Aの当方に対する金銭債権と相殺するときには、手形を渡さねばならないでしょうか。手形債権がAの金銭債権より多額であるときと、そうでないときとではちがうのでしょうか。また銀行と取引先との間で手形取引を始めるに際してなされるような、将来発生する手形債権による相殺につき手形の交付を不要とする特約は、有効でしょうか。
相殺は単独行為であって当事者の一方的意思表示により自働債権と受働債権とは対等額において消滅し、支払いがあったのと同一の効果を生じます。しかし、手形は呈示証券でありかつ受戻証券ですから、手形所待人が手形金の支払いを求めるには、手形を呈示し、かつその手形と引換えでなければ、支払いを受けることができません。それゆえ、手形を自働債権として相殺をなす場合、もしこのように債権者の一方的な意思表示だけで相殺の効力が生じるとすれば、債務者は手形の呈示も受けずに、また手形を受け戻すこともなく、一方的に手形金の支払いを強制されることになります。そこで、この場合、その効力を定めるにあたって、前に述べたよう な手形債権の特殊性を考慮する必要があるかどうか問題となってきますが、相手方の所在が明白なときには、次のように分けて考えることができます。

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直接相手方に対し相殺を主張する 場合。学説上否定的に解する考え方もありますが、通説および判例は、手形金の支払いに関する手形法三九条を準用して、手形債務者の承諾ある場合は別として、手形の交付を手形債権による相殺の効力発生要件とみています。それゆえ本問の揚合、手形所持人はAに手形を渡さなければなりません。そして万一この点が裁判上問題となれば、相殺が有効になされたことを主張する手形債権者が手形交付の事実を立証しなければなりませんから、相殺の通知は内容証明で、手形の交付は配達証明つき書留郵便で送付するのがよいと思われます。
訴訟上の相殺の揚合。相殺の通知は以上のように裁判外でなされるほか、裁判上でなすこともできます。しかし訴訟上の相殺の場合、前と同様に解すべきか意見が分かれています。学説上訴訟上の相殺であるからといって例外は認められませんが、相手方が手形債権の存在を争う場合には呈示、交付を要しないという説もあります。通説は、手形の交付を必要とする実際上の理由がないことからして、訴訟上の相殺の場合に例外を認めて、手形の交付は必要ではないとしています。判例も消極説と積極説とが対立していますが、手形の交付がないために相殺を無効とした判決は一件のみです。もっとも、訴訟上の相殺の場合、手形の交付を要しないといっても、そのまま手形債権者の手もとに止めておくべきではなく、被相殺者としては判決確定前に他にその手形が譲渡されないような措置および判決確定後に手形所待人にその引渡しを求めることができる保障的な措置を講じることが必要です。
債務者が行方不明の場合。債務者すなわちAが行方不明の場合、相殺の通知はいわゆる公示送達によってなされますが、この揚合には公示送達の性質上手形の呈示はいりません。
手形債務者が手形金額の一部について支払いをなす場合に、手形債権者はその支払いがあったと いう趣旨を手形上に記載することと受取証書の交付とを債務者に請求できますが、手形を相手方に交付する必要はありません。手形所待人が手形金の残額の支払いを請求するために手形の所持が必要だからです。同じことは、本問のように、手形債権が相手方の手形所待人に対する債権(受働債権)を超過し、そのため相殺によって消滅するのが手形債権の一部にすぎない場合にも妥当します。それゆえ、この場合には、相殺の通知のほか、手形債務者をして手形に一部消滅の記載をさせるために、手形の呈示は必要ですが、手形の交付はいりません。
手形債務者が手形の 呈示、交付を受けることなしに手形の支払いをした場合でも、直接の当事者間では、その支払いは有効であり、手形債務を消滅させます。同様に手形債権による相殺の場合にも、相手方の承諾があれば、手形の呈示、交付がなくても相殺の効力があるとされています。手形債務者はそのもっている利益を自ら放棄したと考えられるからです。
しかし、現に存在する特定の手形債権についてだけでなく、本問のように将来取得すべき不特定の手形債権について、一般的に手形の呈示、交付を要しないで相殺をなすことができるという特約の効力については問題があります。二重払いの危険性や手形の受戻証券性に反するとの理由から反対する一部の学説や判例もありますが、今日ではこのような特約を有効としているのが通説であり、判例もこれに従っています。

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