差押と期限利益喪失での相殺

銀行取引約定書五条一項は、仮差押え、差押えもしくは競売の申請、破産和議開始、会社整理開始の申立てなどがあったときや、租税公課を滞納して督促をうけたとき、または保全差押えをうけたとき、支払いを停止したとき、銀行に対する債務の一つでも期限に弁済しないときには、銀行からなんらの通知、催告がなくても銀行に対する一切の債務について当然に期限の利益を失い、ただちに 債務を弁済する旨規定し、また、同条二項は、取引約定の一つにでも違反したとき、その他債権保全のため必要と認められるときには、銀行からの請求によって期限の利益を失う旨を規定しています。また、約定書七条一項は、期限が到来したとき、また期限の利益の喪失によって債務を弁済しなければならなくなったときは、その債務と、銀行がたとえば預金者に対して負っている預金債務とを、銀行は、期限のいかんにかかわらずいつでも相殺できる旨を定めています。五条の期限利益喪失条項の主たる狙いは、預金が第三者によって差し押えられた場合に、銀行がこれに優先して預金と貸金とを相殺できるようにするものであるといわれますし、七条一項は、いわゆる相殺の予約に関するものですが、本項によれば、自動債権たる貸金債権の弁済期は到来していることになるので、民法上の相殺も可能ということになります。

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昭和三九年一二月二三日に最高裁大法廷は、国が、国税債権にもとづいて滞納者の銀行預金を差し押えたのに対して、銀行が、滞納者、預金者に対して有する手形貸付債権をもって、預金債権と相殺したことについて意義のある判決をしました。つまり、国が、預金者、滞納者に対して、一七五万円金の滞納物品税債権を有していましたが、その徴収のために、滞納者が銀行に対して持っていた定期預金および定期積金の払戻債権合計七四万円金を差し押えました。他方、銀行は、預金者に対し、その差押前に、手形貸付債権七四万円金をもっていたので、取引約定書の相殺予約文言に従って、相殺予約完結の意思表示をしました。そこで国から、この相殺は差押債権者である国に対抗できないとして、銀行に対し被差押債権の支払いを求めたケースです。ここでは、まさに、国の差押えと銀行の相殺との効力の優劣が争われています。
民法五一一条は、支払いの差止めをうけた第三債務者は、その後に取得した債権により相殺をもって差押債権者に対抗できないとしているので、その反対に、差押前に第三債務者が取得した債権による相殺は差押債権者に対抗できると考えることが できます。その理由は、第三債務者が差押前に取得した債権を有するときは、差押前すでにこれでもって被差押債権と相殺して、 自分の債務を免れうるという期待をもっているのですから、このような期待利益を、その後の差押えで剥奪するのは第三債務者 に酷だといえるからだというにあります。しかし、第三債務者が差押前に取得した債権だからといって、その弁済期のいかんに かかわらず、すべて差押債権者に相殺を対抗しうるかについては問題があります。この点については、次のようにいってます。「差押当時両債権が既に相殺適状にあるときは勿論、反対債権が差押当時未だ弁済期に達していない場合でも、被差押債権である受動債権の弁済期より先にその弁済期が到来するものであるときは、前記民法五一一条の反対解釈により、相殺を以って差押債権者に対抗し得るものと解すべきである。けだし、かかる場合に、被差押債権の弁済期が到来して差押債権者がその履行を請求し得る状態に達した時は、それ以前に自動債権の弁済期は既に到来しているため、第三債務者は自動債権により被差押債権と相殺することができる関係にあり、かかる第三債務者の自己の反対債権を以ってする将来の相殺に関する期待は正当に保護さるべきであるからである。こ れに反し反対債権の弁済期が枝差押債権の弁済期より後に到来する場合は、相殺を以って差押債権者に対抗できないものと解するのが相当である。けだし、かかる場合に被差押債権の弁済期が到来して第三債務者に対し履行の請求をすることができるに至ったときには、第三債務者は自己の反対債権の弁済期が到来していないから、相殺を主張し得ないのであり、従って差押当時自己の反対債権を以って被差押債権と相殺し自己の債務を免れ得るという正当な期待を有していたものとはいえないのみならず、既に弁済期の到来した被差押債権の弁済を拒否しつつ、自己の自働債権の弁済期の到来をまって相殺を主張するが如きは誠実な債務者とはいいがたく、かかる第三債務者を特に保護すべき必要がないからである」。
問題点の判断基準を、第三債務者の相殺についての期待保護におき、その観点からみると、差押え当時、両債権が相殺適状にあるときはもちろんですが、反対債権(自動債権)の弁済期が未到来でも、被差押債権である受動債権の弁済期より先に到来するものであるときは、相殺を差押債権者に対抗できるとし、ただ、反対債権の弁済期が被差押債権の弁済期より後に到来する場合は、正当な期待利益はなく、相殺を差押債権者に対抗できないとしたにほかなりません。
次に、この事実では、銀行取引に際し、「私の貴行に対する債権は弁済期の如何にかかわらず貴行の御都合で通知若しくは手形、小切手の呈示又は返還を要せずいつでも任意に私の債務と相殺せられても異議ありません」という相殺予約条項が入っていますが、このような特約の効力が問題となります。この点については、次のようにいっています。「相殺の予約は、差 押当時現存していた債権につき、差押を契機として、当時相殺適状に達していないのに拘らず、また、両債権の弁済期の前後を問わず、直ちに相殺適状が発生したものとして相殺により被差押債権を消滅せしめんとするものであるが、かかる特約は前示民法五一一条の反対解釈上相殺の対抗の許される場合に該当するものに限ってその効力を認むべきである」。つまり、相殺の予約が行なわれていても、それが私人間の特約として全面的に効力が認められるのではなく、一定の場合には、その効力が認められない場合のあることを示しています。
いずれにしても、一般に、差押債権者と第三債務者との関係としてとらえて、被差押債権たる預金債権と、反対債権である銀行の貸金債権の相殺の可否は、判例によれば、結局、両債権の弁済期到来のいかんによって判断されることになります。まず第一に、双方の債権の弁済期が到来している場合は問題はありません。第二に、自動債権の弁済期が到来しているが、受動債権の弁済期が末到来の場合。第三に、両債権とも弁済期末到来であるが、自動債権の弁済期が、受動債権の弁済期より先に到来する場合。以上の三つが判例の認める相殺をもって差押債権者に対抗しうる場合ということになります。両債権とも弁済期米 到来であって、受働債権の弁済期が自働債権のそれより先に到来する場合には、相殺予約がなされていても、相殺をもって差押債権者に対抗しえないとしています。

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