支払いの猶予

一般に貸付金の期限を定めているときには、その期限が到来するまでは、債権者は債務者に対し債務の履行を請求したり、担保権を実行したり、また強制執行や反対債権との間で相殺するなどの手続きをとることはできません。したがって、それだけ債務者は利益をうけることになりますので、このような期限が存在することによって当事者がうける利益を期限の利益といいます。このような利益は債権者ももつことがありますが、多くの場合債務者だけが享受する場合が多いので、民法は、特約または契約の性質によって反対の趣旨がうかがわれないかぎり、期限の利益は債務者のために存在するものと推定しています。したがって支払猶予をなすことは、貸付金について債務者がもっている期限の利益をさらに延長し、貸付金の弁済を延期することです。
そして、この支払猶予は、債権者、債務者間の合意によってその効果が生じますが、差し押えられている債権や質権その他の担保権が設定されている債権については、債権者は差押債権者や質権その他の担保権者の同意なしに勝手に債務の支払延期をなすことはできません。しかし保証人や担保提供者が存在する場合にも、これらの人々の同意は特に必要ではありません。
期限を延期した場合の効果として、当該貸付金について延期後の期限までは、債権者は債務者に対し債務の履行を請求することができませんがが、貸金について遅延損害金の特約がある場合でも、猶予した期限までは遅延損害金を請求することはできません。通常の約定利息の支払請求ができるにすぎません。
また、支払猶予の約定にもとづいて期限の延期をした場合、保証人や担保提供者などが直接それに関与しなくても、その効果は当然これらの人々にも及ぶため、保証人に対し債務の履行を請求したり、相殺や強制執行または担保権の実行などをなすこともできません。
特に貸金について無担保の場合には、支払延期に際し、将来の債権の回収を確実にするために、新たに保証人を立てさせたり、担保権を設定させるという措置や増担保の設定を要求することも場合によって必要となります。なお、手形貸付債権の支払猶予をなす場合には、手形の書替えを行なうのが普通ですが、単純に手形債務についての支払延期は、単に手形所持人と期限の延期をうけた手形債務者との間でのみ効力を生じるにすぎません。したがって、例えば手形所持人が手形の振出人に対し手形の支払期日を延期した場合にも、その効果は裏書人に及ぴませんから、当初の手形の支払期日に手形を支払呈示しなければ、裏書人に対する遡求権を失うことになりますから、この点注意する必要があります。

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手形貸付債権を延期する場合には、手形の書替えを行なうのが通例です。手形貸付においては、債権者は金銭消費貸借上の債権と手形上の債権との双方をもち、そのいずれを先に行使するかは債権者の自由であるとされています。したがって手形貸付の場合、期限を延期する方法として手形を書き替えたときに、新旧手形上の債権が果たして同一性を保つかどうか、貸金債権はどのような影響をうけるかが問題となります、後者について期限の延期の効果のみが発生し、債権自体についてはなんら影響がないというのが今日の通説ではほとんど問題はありませんが、後者については判例は若干の変遷をたどっています。つまり、かつて判例は当事者の意思によって判断すべきであり、その意思が不明であるときには支払延期のための書替えとみるべきであるとしていましたが、最近の最高裁判所の判決は旧手形を現実に回収して新手形を発行するなど特別の事惜が認められないかぎり、単に旧手形債務の支払いを延期するためになされたものと解すべきであるとしています。それゆえ、手形の書替えがなされた場合その目的が支払延期のためであり、かつ旧手形はこれを新手形の見返り担保とする意味で回収されないときには、旧手形にもとづく債務は直接の当事者間においては、書替えによって消滅することはないというのが今日の判例といえます。それゆえ、債権者としては、旧手形を返還しないで自らの手元に保持しておくことができれば望ましいといえます。
しかし、手形書替えの実務においては、旧手形を債務者に返還するのが普通です。というのは旧手形を返還することによって新旧手形上の債務の同一性が維持されないとしても、基本となる貸付債権には影響がなく、また旧手形が存続していることは、期限経過後の手形によって貸出をしているという形式が残るため、当該貸付が不良債権あるいは帳簿処理のうえで、どの債権に属するか不明確なため分類を誤る可能牲があり、事務取扱い上のミスと誤解されるからです、そこで手形書替えという方法によらないで延期証書によって期限の延期がされます。この証書は手形外の証書で、私証書によることもできますが公正証書によるのがより確実です。
この場合の効果は、貸金債権について弁済期の延期の効果が生じますが、手形債権については当事者間における人的抗弁事由となるにすぎないため、手形がこの事実を知らない第三者の手に渡ったときには、支払延期の事実を手形債務者は主張できません。手形貸付において期限を延期する方法として、これに述べましたほかに分割弁済契約を締結して、手形金額を分割して、それぞれの弁済期を満期とする分割弁済手形を債務者からとる方法が考えられます。この場合にも、旧手形貸付における貸金債権およぴ手形債権は、いずれも更改その他によって新旧債務との同一性が損なわれることなく、弁済期の延期のみの効果を生じるにすぎません。それは既存債務と併行して債務者が約束手形を振り出した場合には、原則として債務の支払確保のために振り出したものと考えられ、手形が既存債務の支払確保のために振り出されたときは、当事者間に別段の意思表示がなく、かつ債務者自身が手形上の唯一の義務者であるときは、手形の受理は既存債務の担保のためになされたものと推定するのが相当であるというのが今日の確定判例だからです。もっとも、この場合、別に分割弁済契約あるいは分割弁済に関する念書を債務者からとってその趣旨を明らかにしておくことがのぞましいといえます。
なお、公正証書にもとづいて貸付契約がなされている場合、その弁済期を延期する支払猶予契約が私署証書でなされたときにも、従来の公正証書がそのままの執行力をもつかについて、判例の見解は分かれています。つまり債権の一部を免除し残債務の支払方法を月賦弁済する旨の合意をしても、従来存した執行証書の効力には消長がないとする判例に対し、公正証書が債務名義たるには、債務者がその内容をなす債務について、直ちに強制執行を受くべき旨を承諾したことを必要としますから、もしその内容をなす支払いの時期または条件などに関し、当初の約款を変更した条項が債務者の不利益に帰する場合はもちろん、債務者の利益に帰する場合でも、債権者がその変更失項に対し拘束をうけるときは、従来の債務名義は消滅したものといわなければならないとする判決が出されています。したがって、従来の判例理論に従うかぎり、支払猶予の契約についても公正証書としておくことが望ましいといえます。

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