権利主体と権利能力

私法上の権利を享有できるものを権利の主体といい、この権利の主体となることのできる地位または資格を学問上で、法律上の人格、または権利能力といいます。権利能力というのが通例です。債務など義務を負担する資格を義務能力と観念することもできますが、これは権利能力に包含されます。つまり権利を有し義務を負うという法律関係の当事者になるには権利能力を認められたものでなければなりません。
民法では権利義務の担い手、つまり権利を有し義務を負う者を人とする概念を用いていますが、これは法律上の人の意味で、肉体をもった人間と密接な関係はあるがまったく同し意味ではありません。法律上の人というのは、権利を有し義務を負いうる者として法律上の意味を持たされたされた人いいまい。近代法はでは人間を全て平等に法律上の人として資格を認めていますが、同じ人間でも家畜のように扱われた昔の奴隷は,法律上の人とは認められず、人間以外でも組織された人の集団や財団に法律上の人として資格が与えられることもあります。近代法たる民法は全ての人間に対して、権利の主体として平等に権利能力を認め、一定の要件の下に,人間の組織集団および一定の目的を有する財団に権利の主体としての地位を認めています。権利能力者たる人間を自然人といい、権利能力を認められた社団および財団を法人といいます。ちなみに犬猫には権利能力は認められていないために、愛犬に遺産を贈るという遺言をしても、その犬がその財産を所有できるわけではありません。どうしてもその愛犬に財産的恩恵を与えようとすれば、愛犬協会ともいうべき財団をつくり、その目的財産で飼育するほかありません。
民法では自然人と法人を権利主体として権利能力を認めていますが、これについて制度上どのような理解を持つべきか。民法上、全ての人間は法律上の人として、その性、年齢、階層の別なく、平等に権利能力を認められています。この点に近代市民法の性格が最も明確にあらわれており、その人格概念の意義を正しく認識しなければなりません。そもそもこのような法律上自由、平等な人格概念が確立されるまでには長い歴史の過程が必要であったのであって、昔の大家族制度の下においては、同じ人問でも家長だけが完全な権利能力を有し、家族の権利能力はほとんど認められず、義務のみ強いられたのでした。また封建社会にあっても、身分によって権利能力が差別され、農民、商人などは極めて限られた権利能力しか持つことを許されませんでした。しかし、やがて個人の自覚に基づく近代文化の発達は、自由と平等と人格の自律性に基礎をおく法律関係を作り上げたために、全て人間は法的な主体として平等な権利能力を有するに至ったのです。
近代的社会関係は個人を中心とするだけで働かず、個人の結合または財産の集団をも中心として成立します。特に近代資本主義経済発展の必然的結果として資本団体である株式会社が発生し、これらの人の結合や財産的集団は法律関係における重要な単位として意義づけられるようになりました。近代市民法は、やがて法人という特殊の人格概念を構成し、権利の主体として権利、義務の担い手たる資格を承認することになったのです。民法でも法人を認めており、経済取引関係の主体が会社とか協会などの企業組織体に重点が移り、実際の社会的、経済的活動は個人中心から団体中心になっているといえます。

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