弁済猶予証書の執行手続への影響

債権者の弁済猶予証書が提出されたため、強制執行が停止されました。債権者が実体上の猶予の効力を争って不服を申立てるには、どのような方法によるべきでしょうか。債権者が実体上の猶予の約束の存否を争うには執行方法の異議もしくは即時抗告によることができますが、約束の意思表示に存する瑕疵または約束が後日変更されたことを主張して証書に記載の猶予の効果発生を争って不服を申し立てる方法はないと解されます。しかし、単に債権者が執行の一時保持に異議を申し立てたときには、執行機関は執行を続行すべきです。

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強制執行を開始するには、基本となる債務名義に記載された請求権について、その債務名義の記載自体から判断して履行期の到来していることが必要であることはいうまでもありません。したがって、執行機関が履行期が到来していないのにこれを看過して強制執行を開始したときには、その執行は違法として取消しを免れません。債務名義成立後に、あるいはさらに進んでこれにもとづく強制執行開始後にも、債権者が債務者に対し債務名義に明らかにされている履行期を延期ないし弁済の猶予を約束することがあります。債権者としては、履行期を延期ないし弁済の猶予をすることによって債務者から任意の弁済をうけうる見込みがあるときには、強制執行という手段を煩わさなくとも任意弁済に期侍するほうが得策である場合があるからです。現に不動産競売において競売期日が迫ると、例えば示談中につき競売期日を延期するよう求める旨を記載した債権者作成の書面が提出され、競売期日が延期ないし変更されることがしばしばあります。これなどは、債権者が一方で執行に着手しながら、他方でこの執行の進行を背景にして履行期の延長ないし弁済の猶予をしながら債務者に任意弁済を追り、あるいは現に分割などによる任意弁済をうける実をあげていることを推測させるものです。
債権者が履行期の延期ないし弁済の猶予の約束に従って執行の着手を差し控え、あるいは一旦着手した執行の申立てを取り下げたり、前記のような弁済猶予書面を作成してこれを執行機関に提出して執行手続の進行を一時的に停止するよう求めたりなどするときには、問題も起こりません。しかし、債権者がこの約束に反して執行に着手し、あるいは執行手続の進行するに任せた場合には、債務者もこれを黙視できなくなります。一旦開始された執行手続は、それを当然に無効にする執行要件の欠陥または手続の進行を妨げる執行障害事由が発見されたり、民訴法五五○条各号所定の書面が執行機関に提出されたりなどの事情でもないかぎり、そのまま続行されていくからです。そこで、債務者が債権者のした履行期の延期あるいは弁済猶予の約束をどのように執行手続に反映させるかというと、それはこの約束を理由に請求異議の訴えを提起し、あわせて執行停止の仮の処分命令を得てこの命令の正本を執行機関に提出し、本案たる請求異議の訴えの決着がつくまで執行を停止するよう求めることです。つまり債権者がした前記約束は、債務名義に記載された給付義務の履行態様の変更を意味するものであって、訴えの異議原因を構成する事実であるからです。本来の約束の内容が内容なだけに、債務者が訴えによって求めうるのは債務名義の執行力の一時的な排除で、のちに延期された履行期が到来したり弁済猶予期間が経過すればこの債務名義は執行力を持つに至ります。
債権者からこの約束を取りつけた債務者のなかでも次のような書面を保有する債務者に対しては、さらに簡便な方法による利益保護が認められています。債権者が債務名義成立後に履行期の延期ないし弁済猶予の約束をした旨を記載した書面で、それが債権者の意思にもとづき作成されたことを認定できるだけの要件を備えているときには、これを保有する債務者は、これを執行機関に提出してすでになされた執行処分をそのままの状態で維持しそれ以上手続きを進めないように求めるいわゆる執行処分の一時保持を求めることができます。このような書面の提出をうけた執行機関は、この書面に延期された履行期ないし弁済猶予期間が明記されている場合は、この期限の経過するまで執行を保持し期限の明記のない場合は、理論的には債権者から執行続行の申立てがあるまで執行を保持すべきです。後者の場合、このように理解すると、債権者が続行申請しないと執行手続きは著しく遅延し好ましくないために、執行機関は債権者が相当期間猶予する意思であると解して、相当期間経過したならば再び執行手続を続行すべきです。なお、この書面の提出時期のいかんによっては、執行機関が執行の一時保持をしないときがありうるから注意を要します。このように、民訴法五五○条四号所定の弁済猶予書面を保有する債務者に対して、執行が続行されることによってうける当面の不利益から免れる途を認めたのは、次のような事情によるものと考えられます。
強制執行は、債権が存在し、かつ履行期が到来しているのにその弁済がなされないから開始される法的手続きなのです。したがって、債権が消滅したり履行期が未到来のときには、手続を進める実質的根拠を失うこととなります。民訴法五五○条四号所定の書面は、この強制執行を進める実質的根拠を喪失させる事実を推認させるものであるため、なかでも弁済猶予書面を保有し、これを執行機関に提出した債務者に対し、わざわざ債務名義の一時的な執行力排除を求める請求異議の訴えを提起させ、あわせて執行停止の仮の処分命令を得させなくとも、この書面を提出させることによって前記のとおり一定期間執行を保持する利益を与えても結果において不都合はないというわけです。がくして、民訴法五五○条四号所定の弁済猶予書面を保有する債務者は、これを執行機関に提出することによって、請求異議の訴えを提起するとともに執行停止の仮の処分命令を得たのと同じ利益をうけることができるのです。なお、弁済猶予書面を保有しながらこれを急速に提出できない債務者は、この書面の存在を理由として、執行方法の異議ないし抗告をし、これにもとづく執行停止の仮の処分を得ることができるという考え方がありますが、これは賛成できません。執行機関は、書面の提出があったときにのみ執行を一時保持すべきであって、これの提出のないとき執行を進めることは当然です。これをもって執行手続法規に違反したとみることはできません。

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