仮処分の取消し

請求異議の訴えにもとづく仮の処分の申立てにより、受訴裁判所が執行停止決定をしましたが、その後異議事件の審理の過程で、請求認容の可能性がないと判断されるような段階にいたった場合、受訴裁判所は、さきの仮処分を取り消すことができるのでしょうか。このような場合は受訴裁判所は、当事者の申立てがあれば、新たな仮の処分命令を持って、先の仮の処分を取り消すことができると解されます。
日本の民事訴訟法においては、債務名義を作成する手続と債務名義に記載された権利を実現するための執行手続とは、明確に区別されています。したがって、債権者は、債務名義を得たならば、そこに記載された権利を実現するためにさらにこの債務名義にもとづき執行機関に対して執行手続の開始を求めなければなりません。そして、このようにしてひとたび執行手続が開始されると、たとえその執行手続の基礎となった債務名義自体に暇疵があったり、債務名義成立後にその効力が消滅したりしたような事情があったとしても、執行手続はこのような事情にすぐには影響されることなく続行されます。債務者がこのような債務名義にもとづく執行から免れるためには、この債務名義に対する反対名義を獲得してこれを執行機関に提出するところまでしなければなりません。しかしながら、執行債務者がこの反対名義を獲得することは、必ずしも容易なことではありません。執行債務者が執行法上の救済手続にのっとり反対名義を得る手続きを進めている間に、執行手続きが終わってしまってはなんにもなりません。ここに救済手続と執行手続きとの調整ないし橋渡しをするための制度が必要となり、救済手続による結果が出るまで執行手続を一時的に停止するために設けられたのが、いわゆる一時的執行停止命令の制度であり、日本民訴法において各処にみられるところです。本問における受訴裁判所のなした執行停止決定は、もとよりこの一時的執行停止命令のひとつであり、民訴法五四七条二項にもとづいてなされた仮の処分です。

スポンサーリンク

お金を借りる!

本問の検討を進めるにあたっては、この不服申立ての許可をめぐってこれまでに展開された学説、判例上の論争の経過を簡単に触れておくことが必要です。それは本問では、この不服申立てを許さないとする消極説が、受訴裁判所は本問のような場合終局判決をまたずに仮の処分である執行停止決定を取り消すことができるため、消極説をとることによって起こる実際上の不都合を避けることができると主張したことに端を発した問題とみられるからです。そして、本問についてどのような解答をするかによって、不服申立ての許可についていかなる立場をとるかが決定されるとも認識されています。つまり受訴裁判所が本案たる異議訴訟手続の進行をみながら、随時、仮の処分を変更することができるならば、これに対し不服申立てを許すまでのことはなく、逆に仮の処分に対する不服申立てを許すならば、受訴裁判所がのちに、随時、仮の処分を変更することができることなど認める必要がないということです。不服申立ての許可についての論争では、次のように大別して二つの立場があり、実務においては、最高裁判所が偶然のことからこの点につき判断を示すことになり消極説をとることを明らかにするまで、積極説による取扱いが優勢であったといわれています。
積極説においては民訴法五四七条二項にもとづき発令された仮の処分命令に対する不服申立ては、民訴法五五八条にもとづき即時抗告という方法をもってすることができると解すべきです。つまり仮の処分は口頭弁論を経ることなくできる裁判であるため、不服申立てを禁止する明文の規定がない以上はこの裁判に対して民訴法五五八条にもとづき即時抗告をもって不服申立てをすることができると解釈すべきです。そして、この不服申立てを許すべきことは法文上の解釈によって是認されるのみならず、実際においてもこれを許すことによって妥当な結果が得られます。民訴法五四七条二項にもとづく仮の処分命令の発令手続においては、相手方たる執行債権者に反対主張、反対疎明を提出することのできる機会を必ずしも保障していないために、申立人たる執行債務者の一方的な主張、疎明によってこの仮の処分命令が発令されることがあります。しかし、このようなことでは、責務名義をもつ執行債権者の利益を不当に軽視する結果になります。執行債権者は、ひとたびこの仮の処分命令が発今されると、長期間にわたってその権利の実現を阻まれることになるからです。そして、執行債権者のうけるおそれのある不利益は、前記のとおり仮の処分命令の発令手続における執行債権者と執行債務者との地位の不均衡に由来します。したがって、このような不均衡を是正し、執行債権者の正当な利益を擁護するには、執行債権者に仮の処分に対する不服申立ての途を開き、ここで反対主張、反対疎明を提出させることが必要であり、妥当です。また不服申立てを許すべきことは、以上のような執行債権者のためのみならず、執行債務者にとっても必要となるときがあります。つまり執行債務者が民訴法五四七条二項にもとづき仮の処分の申立てをしたがこれを却下されたときには、これについて不服申立ての途を認めねば、彼に執行債務者が本案たる異議訴訟に勝訴しても、もはや手遅れということがありうるからです。
消極説では民訴法五四七条二項にもとづき発令される仮の処分命令は、本案たる請求異議訴訟に付随して発令される一時的、応急的な裁判であって、それ自体独立した裁判ということができません。つまり民訴法五五八条にもとづき不服申立てをすることのできる裁判は、それ自体独立した裁判であることを要します。よってこの仮の処分命令は、本案たる異議訴訟が係属中に強制執行が続行され終了してしまっては、執行債務者勝訴の判決がその後なされてもその判決の効果は無に帰することになりかねないため、このようなことを防止するために判決が言い渡されるまでの間、一時的、応急的に効力を有する裁判として、発令されるものなのです。したがって、この仮の処分命令は、それ自体独立した裁判ということができないのみならず、その性質は、民訴法五○○条および五一二条にもとづき発令されることのある仮の処分命令と性質上異なるところがないために、積極説がいうような不服申立てを禁じる規定がないため、不服申立てが許されるなどという解釈をすべきではなく、むしろ民訴法五○○条三項を類推適用して、民訴法五四七条二項にもとづき発令された仮の処分命令に対しては不服申立てがでぎないと解釈すぺきです。もし積極説のいうように即時抗告によって不服申立てができるとするならば、即時抗告にともない民訴法四一八条二項の規定が働き、先に発令された民訴法五四七条二項にもとづく仮の処分命令の効力が停止されることになり、この仮の処分制度の趣旨を没却する事態を招来しかねません。なお、積極説は、もしも不服申立てを許さないときには執行債権者の正当な利益を擁護しえないといいますが、受訴裁判所は、仮の処分命令を発令したのちも本案たる異議訴訟の実体形成に応じて、随時、先の仮の処分命令を取り消し、変更することができると解されるため、積極説の批判はあたらないばかりか、逆に受訴裁判所が、随時、もっとも適切な仮の処分をなすことによって、執行両当事者のそれぞれの利益をよく調整し、擁護することができます。

お金を借りる!

代位訴訟の判決効と債務者/ 債務名義の金額の誤記/ 公正証書の債務名義適格/ 仮執行宣言と判決の範囲/ 執行文の付与/ 承継人の意義と範囲/ 訴訟係属中での当事者の死亡/ 強制執行当事者の適格/ 執行当事者の死亡と執行手続/ 執行力ある正本の数通/ 賃料滞納での家屋明渡し強制執行/ 強制執行開始の要件/ 引換給付と強制執行/ 手形の呈示と受戻し/ 違法執行の救済手段/ 公正証書偽造の被害への救済/ 請求異義の訴えの提起/ 裁判上の和解無効の訴え/ 不執行の合意の法的性質/ 強制執行の回避/ 強制執行の不服申立手段/ 一時猶予を理由とする請求異議/ 執行受託と表見代理制度/ 第三者異議の訴えの提起/ 仮差押への第三者異議/ 第三者異議訴訟/ 債権譲渡と請求異議/ 仮処分の取消し/ 控訴理由の主張/ 仮処分による執行の停止/ 弁済猶予証書の執行手続への影響/