執行受託と表見代理制度

AはBの代理人と称するCとの間で金銭消費貸借契約を締結して金員を貸し付け、公正証書も作成しました。ところが、Bから請求異議の訴えが提起されました。Bの主張によると、Cに代理権を与えたことはないといい、Aとしては、Cの正当な代理権を証明できないまでも、表見代理の主張立証には自信があるとします。Aとしては、どのような方法をとるべきでしょうか。これについてはAはBに対して、貸金請求の反訴もしくは別訴を提起すべきです。
公証人が当事者その他の関係人の嘱託により、公証人法およびその他の法令の定めるところに従い、法律行為その他私権に関する事実につき作成した文書を公正証書といいます。公正証書の作成嘱託行為は、嘱託人たる当事者その他の関係人が準国家機関たる公証人に対してその権限に属する行為を求める公法上の行為です。これは代理人によってもなすことができる無権代理人の嘱託によって作成された公正証書が無効であることはいうまでもありません。

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公正証書のうち、一定の金額の支払いまたは他の代替物もしくは有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求について作成し、直ちに強制執行をうくべき旨を記載したものが民事訴訟法上執行力ある債務名義となりえます。これが執行証書です。直ちに強制執行を受くべき旨の文言は、執行受諾文言、執行約款などといい、執行証書の本質的要素、その執行力の根源をなすものであって、直ちにとは、訴えまたは支払命令の申立てなどをして、請求につきあらためて裁判所の判断を経る必要がなく、そのまま強制執行をうけても異議がないという意味です。執行受諾の意思表示は債務者から公証人に対する単独行為であり、また、執行カの発生という訴訟法上の効果をもたらすものであるため、訴訟行為です。したがって、これに訴訟能力、代理権等の一般訴訟行為の要件の欠陥があれば、執行証書としての効力なく、執行力は生じる余地がありません。ただし、民訴法七九条にいわゆる裁判上の行為ではないため、代理人は必ずしも弁護士であることを要しません。
本問では、例えば、BがCに自己の代理人としてAから50万円を借り受け、その契約について公正証書作成の嘱託をなす権限を与え、白紙委任状および印鑑証明書等をCに交付したところ、同人は代理権の範囲をこえて150万円を借り受け、その消費貸借について執行証書の作成を属託した場合が考えられます。消費貸借契約の締結につき、民法の表見代理の規定の適用あることはいうまでもありませんが、問題は、執行証書作成嘱託行為に含まれる執行受諾の意思表示にその適用があるかという点です。
表見代理の制度は、私人間の取引において、代理人が無権代理行為をしたことについて、特別の事情から本人にも責任の一半があると考えられる場合について、相手方の信頼を保護して、本人に責任を負わせる制度です。つまり、これには三個の場合があり、代理人にその契約を結ぶのに必要な代理権がないときでも、本人が相手方に、代理人に代理権を与えた旨表示したとき代理人が基本代理権の範囲をこえて法律行為をした場合に、相手方が代理人にその契約を締結する権限があると信じるにもっともな事由があるとき代理人の代理権が消滅したが、相手方が無過失で知らなかったときは本人をして相手方に対して責任を負わしめるものです。
執行受諾の意思表示は訴訟行為であるため当然には民法の表見代理の規定は適用されません。もっともたんに訴訟行為であるとの理由のみをもって、規定の適用を排除するのは妥当ではありません。なぜなら、執行受諾の意思表示は、訴訟行為とはいえ、通常の訴訟手続を組成しその一環としてなされる訴訟行為と違い、取引上契約締結の過程においてそれと一体的に行なわれ、債権者、債務者もいわば取引当事者として相対立するものであって、私法的、取引行為的色影が濃厚であり、したがって、取引の保護という見地からは表見代理の規定の適用を認める余地があり、訴訟行為であるとの一事をもってこれを排除するのは形式論のそしりを免れないからです。しかし、執行受諾の意思表示は公証人に対してなされる訴訟行為であり、その相手方は公証人であって債権者ではありません。したがって、意思表示が代理人によってなされた場合に、その相手方ではない債権者が当該代理人に執行受諾の意思表示および公正証書作成嘱託の代理権があると信じるにつき正当な事由があっても、意思表示につき、当然に表見代理の規定の適用を肯定できません。他方で意思表示の相手方である公証人が、代理人に前記代理権ありと信じるにつき正当な事由があったか否かにより、当該公正証書に債務名義たる効力があるか否かの区別をなすことは、前記のとおり、私人間の取引の相手方の保護を目的とする表見代理制度の趣旨に沿わない結果となるばかりでなく、公証人が法令によって定められた国家の作用たる公証事務を司る広義の国家公務員であることの地位ないし職務の性質上疑問であり、手続の画一性ないし安定性を害することになります。したがって、無権代理人の嘱託によって作成された公正証書は、債権者はもとより公証人について表見代理の要件が備わっていると否にかかわらず、常に債務名義としての効力を有しないと解すべきです。
もっとも、判例はかつて執行受諾の意思表示の法律的性質についてはなんら触れることなく、当然民法二○条の適用があることを前提として表見代理による契約の成立および執行証書の有効な作成を認めました。しかし、その後従来の態度を変更し、公正証書の内容をなす私法上の法律行為と、訴訟法上の債務名義を形成する行為とを区別し、後者たる執行受諸の合意が訴訟行為であることを理由に、私法上の原用である民法二○条の適用がない旨を明言するにいたり、さらに趣旨を再確認したうえ、公証人に対する公正証書作成嘱託行為に同条の適用がない旨を公正証書無効の理由として付加しましたが、最近は執行受諾の意思表示が公証人に対してなされる訴訟行為であることを理由として、同じ結論を路襲します。執行受諾の意思表示に対する他の民法規定の適用につき、判例は、民法二○条の適用を否定し民法九五条の適用を肯定し民法一○八条の法意は適用がないとはいえないとしており、瑕疵ある執行受諾の意思表示の効力を否定する方向を志向しています。他面、判例は、登記官吏に対する公法上の行為である登記申請行為につき、表見代理の規定の適用はないとしつつ、偽造文書によってなされた登記の効力を判定するにつき、その登記の記載が実体的法律関係に符合し、かつ、登記義務者においてその登記を拒みうる特段の事情がなく、登記権利者において当該登記申請が適法であると信じるにつき正当の事由があるときは、登記義務者は登記の無効を主張することができないとして、表見代理の法意を含む考え方を示しています。
以上のとおり、執行受諾の意思表示ないし公正証書属託行為に表見代理の規定の適用がない結果、本件公正証書は無権代理行為により作成され、執行証書としての要件を欠く無効のものであって、債務名義としての執行力を有しません。しかし、公正証書に記載された実体上の法律行為たる消費貸借契約については表見代理の規定が適用される結果、BはAに対し責任を免れません。公証人は上記無効の公正証書について執行文を付与できず、その付与に対しては、債務者たるBから執行文付与に対する異議が申し立てられます。しかるにBは請求異議の訴えを提起しましたが、これは許されるのでしょうか。請求異議の訴えは、元来一応有効に成立した債務名義の実質的内容をなす請求権そのものの実体的不成立ないし無効、あるいは消滅を理由とする場合に許されるべきものです。執行証書の作成につき代理権の欠陥がある場合は債務名義成立過程に手続上の瑕疵があるものであり、公正証書に記載された請求そのものの不成立ないし無効とはまったく別個のものです。しかし、判例では、多くの反対説があるにもかかわらず、一貫して、この場合請求異議の訴えを提起できるとしています。そして、実際上、形式的に完備した委任状による代理の場合、公証人が代理権の欠陥を調査するのは困難であること、執行受諾の意思表示の委任と法律行為の委任とは通常一体としてなされ、前者の有無の審理は後者の成否の審理と同じであること、代理権の欠陥は再審事由に相当し、和解調書や調停調書に対する再審の訴えとの均衡上も必要的口頭弁論によるべきこと等を理由に、判例を支持する見解もあります。事柄はもっぱら債務者の救済方法いかんに関し、しかもそのいずれの方法によるも当事者双方の利害に大きな差異を生じないことを考慮すると、長年の実務を是認すべきです。

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