不執行の合意の法的性質

AはBに対する勝訴の確定判決を得たが、その後AB間で、強制執行はせず、Bの任意の履行に期待する旨の合意ができました。それにもかかわらずAが強制執行の申立てをした場合、Bとしては、なんらかの救済を求めることができるのでしょうか、できるとすれば、どのような方法によるべきでしょうか。これはBはAに対して、不執行の合意があることを理由に請求異議の訴えを提起して、Aの強制執行を排除することができます。
訴訟法上の契約説では不執行の合意は直接執行法上の効力が生じる訴訟法上の契約であるとする説です。この説は、不執行の合意を執行請求権の放棄契約と解するので、執行請求権を放棄できることが前提となりますが、その論拠とするところは、次のとおりです。執行請求権は国家に対する公権ですが、執行手続は債権者の申立てによってのみ開始され、執行申立てをするかどうかは債権者の随意であるので、執行請求権は、債権者の利益のためのみに認められている制度であり、公益には関係ないといえます。このように私人の利益のためのみに認められた公権は、私人にその権利を放棄することを認めてもさしつかえません。また、執行請求権は国家に対する公権であり、債権者と債務者の間の合意で債権者と第三者たる国家との権利関係を直接に処分することは原則としてはできませんが、債権者と第三者たる国家との権利関係が債権者の利益のためのみに認められている場合は、当事者間の合意の効果を第三者たる国家との権利関係に影響させてさしつかえなく、したがって、債権者が国家に対する執行請求権を放棄する義務を負担する合意を債務者とすること、および合意が国家に対する関係では執行請求権が放棄されたと擬制することは可能です。なお、契約が訴訟法上のものか私法上のものかは、当事者がその契約によって意欲している直接かつ適法な法律効果が訴訟法に属するか私法に属するかによって定まりますが、不執行の合意は、執行請求権の放棄という訴訟法上の効果の発生を目的としているので、訴訟法上のものであるとしています。

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私法上の不作為契約説では不執行の合意は執行請求権を行使しません。つまり執行をしないという不作為義務を発生させる私法上の契約であるとする説です。この説においては、執行請求権を放棄することはできず、不執行の合意から直接訴訟法上の効力が生じることはないとしていますが、その論拠とするところは、次のとおりです。執行請求権は国家に対する公権であるため、私人間の契約内容にその放棄を包含することはできません。執行請求権が債権者の利益のために認められており、執行申立権を行使するかどうかは債権者の随意であっても、実体法上執行しうべき請求権が存在する以上、債務者が債権者に対して給付をしなければならないという行為規範はつねに存在し、国家はこの行為規範を確立するため執行による給付の実現の可能性を確保しなければなりません。したがって、執行しるべき請求権が存在するにもかかわらず、執行法上適法に執行権を行使する可能性が完全に排除されてしまう執行請求権の放棄を認めることはできません。強制執行の要件およびその実施を規律する法規は強行法規であるため、当事者の合意によって直接執行手続を規整することは、法律がこの権能を当事者に明瞭に与えた場合でなければ許されません。執行請求権の放棄を認めると、経済的社会的弱者はつねに放棄を強要されるために公序良俗に反します。執行機関の執行行為が執行法上不適法であるためには、執行機関が知ることができる手続規定違背である必要がありますが、執行請求権の放棄は執行機関が知る可能性がありません。なお、私法上の契約の対象は、契約自由の原則により、法律上可能で法律上の禁止がないかぎり、私法上の行為に限る必要はなく公法上の行為であってもよいので、不執行の合意は、その目的である執行をしないという不作為義務が強制執行の領域に存していても、私法上の契約です。また、債務名義を使用するか否かはまったく債権者の随意であるので、国家は、債権者の作為、不作為を受忍しているものであり、債権者の作為、不作為を契約による拘束力によって招来することもなんら妨げないとしています。
私法上の自然債務発生契約説では不執行の合意は実体法上の請求権の属性である責任に関する私法上の契約であるとする説です。不執行の合意は、金銭債権の執行についてであれば、実体法上の請求権の属性である責任を自然債務に変更する契約であり、非金銭債権の執行も含めて一般的に述べれば、実体法上の請求権の属性である執行性を失わせる契約であるとしています。この説も執行請求権は放棄できないとしていますが、さらに、不作為契約説が不執行の合意に間接的に執行法上の効力を認めていることを批判して、不作為契約説は実質的に執行請求権の放棄と同じ効果をもつ私法上の契約を認めることになりますが、このような契約は、執行請求権を放棄できない以上原始的不能の契約であり、認めることはできないとしています。
訴訟法上の契約説では、不執行の合意の限度で執行法現が変更され、執行機関は変更された執行法規に拘束されると解するので、執行機関が不執行の合意に反して執行した場合は、不適法な執行行為となり、債務者は執行方法の異議の申立てをすることにより救済されます。この説は、執行機関は不執行の合意の存否を知ることも調査することも不可能であるのに、不執行の合意に反する執行行為を不適法とするので、不当であると批判されています。
不作為契約説は、不執行の合意に反して強制執行がされても、執行法上は適法であるから執行方法の異議の申立てはできないとしていますが、さらに、不作為の合意は請求異議の訴えの異議事由にもならないのでその適用もないとする説があります。したがって、債務者は強制執行をうけた後に損害賠償を請求できるだけであるとする説です。この説は、債務者の救済が不十分であると批判されています。
不作為契約説の多くは、債務者の執行法上の救済が必要であるとして、請求異議の訴えの類推適用または準用を認めます。不執行の合意は実体上の契約であり、請求異議の訴えは当事者間の実体関係の確定にもとづいて執行を阻止する制度であることおよび実体上の確定は執行機関に委せず受訴裁判所の判決によらせていることから、不執行の合意に請求異議の訴えの類推適用を認める説ならびに、不執行の合意に執行法上の救済の規定がないのは立法の欠陥ですが、不執行の合意に反する執行行為は実体上不当な執行となるので、実体上不当な執行から債務者を救済する制度である請求異議の訴えを準用する説 があります。なお、不執行の合意が最終の口頭弁論終結前にされていても、判決で考慮することはできず無留保の判決がされるので、民訴法五四五条二項は類推適用または準用されないとしています。
不作為契約説のなかで、不執行の合意に請求異義の訴えの適用を認める説があります請求異議の訴えの異議は実体上の事由にもとづく強制執行に対する異議と解するので、不執行の合意も該当し、請求異議の訴えが直接適用されるとしています。
自然債務発生契約説は、不執行の合意が実体法的性質と執行法的性質とを併有するので、請求具議の訴えと執行方法の異議が併存的に認められ、両者は債務者の選択に委せられているとしています。つまり不執行の合意に反する執行行為は執行法上違法ですが、その違法性は、国家賠償の原因となるような通常のものと異なり、執行方法の異議の対象となるだけのものであり、また、不執行の合意に反する執行行為は実体的請求権との関係でも不当となるので、請求異議の訴えが直接適用されますが、民訴法五四五条二項は適用されないとしています。
不執行の合意は私法上の契約と考えたほうが理論的に勝れていること、不執行の合意によって強制執行が執行法上不適法になるとしても、執行機関がつねに不執行の合意の在否を調査、認識することは不可能であること、不執行の合意の存否についての審理は、決定手続より判決手続に親しむものであること等を考えると、不執行の合意があるにもかかわらず強制執行をうけた場合は、請求異議の訴えによって救済を求めることができると解するのが妥当です。

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