公正証書の債務名義適格

当座貸越契約または根抵当権設定金銭消費貸借契約について作成された公正証書にもとづいて強制執行をすることができるでしょうか。また、債務総額を三〇万円とし、月賦弁済契約を定めた公正証書にもとづいて強制執行ができるでしょうか。これについては前者については否定すべきであり、後者については肯定すべきです。
公正証書が債務名義としての効力を有するためには、その公正証書が一定の金額の支払又は他の代替物若しくは有価証券の一定の数量の給付を以て目的とする請求に付き作りたる証書であることを要します。給付すべき金額、数量が一定しているというためには、それが証書に明記されているか、あるいは証書の記載自体から算出できることが必要です。あらかじめ一定の貸付限度額を定めておき、将来その範囲内で金銭の貸付行為を反覆することを約する当座貸越契約や根抵当権設定金銭消費貸借契約を記載する公正証書が作成された場合、上述の要件との関係で、この証書が債務名義たりうるかが問題となります。この場合、証書に示されているのは将来なされることのありうる消費貸借の限度額だけであって、債務者が現実に支払うべき債務額は、他の証拠資料によらなくては知りえないために、一定の金額を示しているとはいえず、したがって債務名義たる効力を有しないというのが通説、判例です。これに対して、肯定説は、この種の公正証書に債務名義適格を承認することにより、継続的信用取引における債権者に簡易迅速な権利行使の手段を与え、ひいては債務者が容易に金融をうけうるようにすることが、現在の取引社会の要請であると考え、すでに条件付債権や期限付債権につき作成された公正証書に債務名義たる効力が認められている以上、民訴法五五九条三号にいう、一定の意味は、証書作成の際、債務が確定的に成立しており、かつその金額も一定であるという必要はなく、債務額が際限なく拡大し、債務者の利益を侵害することがあってはならないという意味で一定であればよいという趣旨であり、限度額の記載のあるかぎり債務名義適格があり、債権者は民訴法五一八条二項の条件と同様に、公正証書以外の資料により、執行すべき債権額を証明して執行文の付与をうけて執行できると説いています。これに対しては、この場合の証明は一定金額の証明であり、一定金額の請求自体についている条件の証明ではないため、そのような見解は採りえないという反論が通説の側からなされています。

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このように通説、判例によって、与信契約をそのまま録取した公正証書に債務名義たる効力が認められないとされたので、その後、取引実務、公証実務は、次のような条項を付加するようになりました。つまり期間終了後債務者が債務を履行しないときは、当然限度額を融通額とみなし、直ちにこれを完済すべきこと、但し債権者は限度額相当の金品の支払を受けた場合、実際の融通額が限度額より少ないときは、その超過額を債務者に返還することという条項や、債務者が債務の履行を怠ったときは不履行を条件として債権者の請求により即時に金何万円也を債権者に支払うこと、但し債務者がこの無因債務を履行したときは、その履行した限度において借越金債務を免れ、また債務者の出捐額が借越金債務を超過したときは、その超過部分は債権者より返還を受けるという条項などがそれです。そしてこの条項が加えられることにより、民訴法五五九条三号の一定の金額という要件が満たされ、債務名義適格をもつにいたるという見解もありますが、通説、判例、実務はいずれもこの新型式の与信契約公正証書の債務名義適格を肯定しています。この新型式の与信契約公正証書においては、当事者間で一応合意の上支払うぺき金額が特定されており、その金額は公正証書の記載自体から明白ですが、当該証書の効力を考えるについては、その証書上に同時に記載された他の条項と総合して解釈、判定されなければならず、そのような観点からみれば、債権者が窮極的に取得するのは、限度額相当の金額ではなく、債務者が実際に負担している借越金債務であり、債務者としても限度額相当の金額を確定的金額として支払う意思でないことは、公正証書全体としての記載から明らかであるため、みなし条項や無因債務負担条項の記載があっても、それゆえに債務名義たる効力を認めるのは相当ではありません。また実質的にみても、債権者に対して真実の債権額をこえる限度額全部について強制執行をなす権能を与えることは、その権能が不当に行使されるおそれがあり、また通過差押を禁じている法の精神にも反し、さらに超過執行がなされた場合、債務者への超過額の返還義務の履行につき確たる保証もないことを考えると、この種の公正証書に債務名義たる効力を認めることには賛成しえません。
一定金額を債務総額として、それを何回かに分けて割賦弁済する旨の契約につき公正証書が作成され、各割賦債務につき執行受諾の意思表示がなされている場合、所定の支払期日に所定の割賦金額につき順次執行力が生じることには異論はありません。確定期限付債権においては、執行機関が日時の満了を確かめるだけで執行できます。
通常、月賦弁済契約には、いわゆる過怠約款がつけられており、債務者が割賦金の支払いを怠ったときは当然にあるいは債権者の要求により期限の利益を失い、残債務金額と一定の率による遅延損害金を即時に支払わねばならないことになっています。債務者が割賦金の支払いを怠る以前に何回割賦金を支払っていたかということ、したがって残債務がいくらかということは、公正証書の記載自体からはわからないので、この過怠約款の趣旨どおりに残債務金額とそれに対する遅延損害金を獲得するために当該公正証書を債務名義として執行できるかが問題となります。公正証書に支払うべき債務額が一定金額として表示され、かつ、執行受諾文言が記載されているかぎり、その後にその債務の一部弁済があっても、この公正証書の執行力は失われず、債権者はこれを債務名義として現存債務額につき執行をなすことができ、もし債権者が現存債務額をこえて執行する場合には、債務者は請求異議の訴えにより超過額の限度で執行を排除できるとされています。そして、過怠約款付割賦弁済契約公正証書も基本的にはこれと同様であるとみるのが通説、判例の見解です。すなわち、過怠約款付割賦弁済契約公正証書は、債務不履行があった場合、その時点における残存債務額の請求、したがって公正証書のみではその額を確定しえないものについて作成されたものではなく、強制執行受諾の意思表示は、各割賦金額を合計した債務金額についてなされたものであり、割賦弁済約款はその債務につき債務者に期限の猶予を与えたものであり、また通怠約款は、その期限の利益の喪失を定めたものであり、いずれも債務の履行期に関する条項にすぎず、それゆえ、この種の公正証書も民訴法五五九条三号にいうところの一定の金額の支払を目的とする請求を表示した証書であり、債務名義適格を有すると解されています。
判例のなかには、一部弁済があった場合、その弁済額を公正証書以外の資料によって確定し、残存額について執行できると判示するものがありますがそれは実体法的ないしは実務的には残存額にかぎって執行すべきことを示すものであり、公正証書の執行力が当然にその残存額の限度に滅縮することを意味するものではありません。執行力の排除は請求異議の訴えによるぺきであり、債務者は弁済受領証書の提出により超過額について執行の制限を求めることができ残存額について争いがあるときは請求異議訴訟によって解決されるべきです。なお債務者が債務の履行を怠ったという事実は、債務者のほうで証明責任を負うべき事由であるため、民訴法五一八条二項にいう条件には該当せず、それゆえ、債権者はなんらの証明を要せず執行文の付与をうけうるというのが通説、判例です。

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