意思表示を命じる仮処分

不動産の登記申請や、契約の解除、債権譲渡の通知というような意思の陳述をなすべき義務を負う者に対し、仮処分をもって、そのような意思表示をすぺき旨を命ずることができるかどうかが争われています。一般に、仮処分の執行は、強制執行に関する規定の準用によってなされますが、意思表示をなすべき義務の強制執行につき、民事訴訟決は、意思表示を命じた判決の確定をもって債務者の意思表示があったものとみなすことにしているところから、判決の確定前に仮処分命令をもって判決の確定した場合とまったく同一の状態を実現させることが許されるのかどうかが疑問とされるわけです。実務上は、このような仮処分がなされる例は、きわめて稀なようであるが、まったくないわけではありません。

スポンサーリンク

お金を借りる!

大審院は、本案訴訟の判決確定が意思表示の擬制の前提になるとみて、漁業権登録名義書換請求訴訟を本案としてなされた、某を仮に漁業権者と定む旨の仮処分の当否につき、斯の如き意思の陳述を求むる請求に付ては其判決の確定前に於て判決確定と同一の効果を有する仮処分命令を発し、某を漁業権者と定むることは仮令仮の地位を定むる為めにもせよ到底不可能の事に属す。とした学説上も、意思表示を命じる仮処分は権利保全の応急的措置としての仮処分の本来的性質から生じる範囲をこえるもので、法令に別段の規定がないかぎり許されない、との説があり、ドイツでは現在でも、きわめて狭い範囲でのみ例外的に許容しようとする説とならんで、これが有力に主張されています。しかし、日本の現在の多数説は、反対の立場をとり、意思表示を命じる仮処分もいわゆる満足的仮処分の一種として、その必要性の存するかぎり許されるものとしています。つまり本案訴訟の判決の確定をまっていたのでは申請人が署しい損害をこうむる顕著な事由があれば、仮処分により仮定的に被保全権利の実現と同様の地位を付与することは、仮の地位を定める仮処分の性質上当然に許されるぺきで、他の満足的仮処分と区別して考える必要はない、ということです。近時の下級審裁判例にも、授業料の滞納により除籍された者が学生規定に定める手続をとって復学願をだしたのに許可されなかったため、大学を被申請人として、大学は申請人に対し復学許可の意思表示をせよとの仮処分を求めたのに対し、同趣旨の仮処分決定が認可された例があります。もっとも、現在でも、このような多数説の根拠づけは必ずしも十分でないとして、仮の地位を定める仮処分のあり方として本案判決確定までの必要にして十分な保全措置の探究に欠けるところがあるのではないかという点の反省を要求する見解があります。
一般論としては、意思表示を命じる仮処分も許されるとする多数説が、やはり正当と思われます。民訴法七三六条が意思表示の擬制につき意思表示を命じた判決の確定を要件とする点に拘泥する必要は少しもありません。意思表示義務の強制執行については、債務者に現実の意思表示を強いてさせなくとも、その意思表示によって招来される法律効果さえ生じさせれば債権者にとって十分なのが普通です。ところから、法は強制執行の過程を極端に圧縮して、意思表示の擬制という執行方法をとったのですが、法律効果の発生時点を明確にする技術的な必要から、判決確定の時点を利用したにすぎず、現に意思表示が債権者のなすぺき反対給付にかかる場合には、擬制時点も執行文付与の時までくり下げられているのは、その証といえます。仮処分をもって意思表示を命じる場合には、仮処分の目的からみて適切な疑制時点を現定の準用に際し解釈上取り上げればたりるわけで、仮処分命令が判決によってなされる場合にはその言渡しとともに、また、決定によってなされる場合にはその告知とともに、債務者が現実に有効な意思表示をしたのと同一の法的変動を生じるものと解すべきです。
通常の場合と同じく、仮処分によって創られる保全的法律状態は、ここでも、訴訟法的法律状態ですが意思表示を命じる仮処分の場合には、その効果として擬制されるものは、実体上の意思表示であり、それが現実に債務者自身により有効になされたときにおけると同じ法律効果が生じるわけであって、消極説は、この終局的結果を不当とみているのです。この場合には、本案訴訟の帰すうに従い法律関係の浮動、紛糾を招くことは避けがたく、特に、本案訴訟が申請人敗訴に確定した場合の原状回復ができず金銭賠償をもって代えるほかない場合がでてきます。しかし、これは、満足的仮処分一般について、多かれ少なかれ、同様なのであって、意思表示を命じる際の保全の必要性の判断を厳格にしなければならないことの理由とはなっても、そのような仮処分による保全の必要があるかぎりは、仮処分を許さない理由とはなりません。
仮処分をもって意思表示を命じることは、前述のとおり、法律関係の浮動、紛糾を招く結果となることは否定できない以上、意思表示を命じる仮処分における保全の必要性については、きわめて慎重な判断を必要とします。特に登記手続を命じる仮処分は、原則として許されません。登記請求権の保全のためには、通常、仮登記仮処分あるいは処分禁上の仮処分によって十分にその目的を達することができ、これらとの関連において、不必要に終局的結果を招来する意思表示を命じる仮処分は保全の必要性を欠くことにならざるをえないからです。つまり登記順位の保全でたりるならば、仮登記仮処分で十分ということになります。また、現在の判例、実務では、登記権利者として処分禁止の仮処分を得てその登記をしておけば、その後に目的不動産につき第三者が所有権移転の本登記を得ても、自己への所有権移転登記の申請と同時に単独で第三者への登記の抹消を申請することができ、処分禁止の仮処分が競合する場合でも、第一次仮処分債権者が本案訴訟において勝訴の確定判決を得て所有権移転登記をうければ、第二次仮処分の登記の存在にかかわらず、その不動産の取得をもって第二次仮処分債権者に対抗することができます。したがって、仮処分により本登記を得させる必要は必ずしもありません。意思表示を命じる仮処分が必要なのは、このような仮登記仮処分あるいは処分禁止の仮処分によっては保全の目的を達しえない、きわめて例外的な場合にかぎられることになります。例えば特定の行政的規則との関連において、現在ただちに債権者に所有権移転の本登記を得させないと、その不動産の利用を開始することができず、回復しがたい甚大な損害を生じるような場合が考えられます。

お金を借りる!

保全処分/ 保全訴訟手続/ 保全処分と本案訴訟/ 家事審判事項の保全処分/ 仮登記仮処分/ 被差押債権の特定/ 借地権の仮差押え/ 株主権の仮差押え/ 返還請求権の仮差押え/ 土地の一部を処分禁止仮処分/ 共同相続人と仮処分/ 抵当権設定請求権保全の仮登記/ 強制執行と競売を停止する仮処分/ 仮登記担保権実行保全/ 商号使用禁止仮処分/ 株式名義書換禁止の仮処分/ 解雇の効力を争う仮処分/ 配転命令停止の仮処分/ 離婚をめぐる仮処分/ 保全処分の審理の方式/ 口頭弁論を開かない審理/ 疎明代用保証制度/ 一般的差押命令と制限的差押命令/ 仮差押解放金額/ 裁判所の自由裁量の限界/ 任意の履行に期待する仮処分/ 仮処分命令と解放金額/ 不作為命令の公示/ 占有移転禁止仮処分/ 意思表示を命じる仮処分/ 断行仮処分と本案判決/ 仮処分の接触/ 保全訴訟の裁判と即判力/