仮処分命令と解放金額

仮処分命令においても解放金額を掲げることが許されるのでしょうか。もし許されるとすれば、どんな場合になるでしょうか。民訴法七五六条は、仮差押えに関する諸規定を仮処分に準用することを原則としていますが、仮差押解放金額に関する七四三条も仮処分に準用されるのでしょうか。仮差押えによって保全される権利は、金銭債権または金銭債権に換えることをうべき請求権であるため、債務者の供託する金額をもって仮差押執行の目的物に代えるという解放金額の制度には、十分の合理性がありますが、係争物に関する仮処分の被保全権利は金銭の支払い以外の物の給付を目的とする請求権であり、仮の地地位を定める仮処分にあっては、被保全権利に特に制限はなく当事者間に争いある権利関係が存在すればよいが、その目的とするところは、法的紛争の存在によって申請人に生じる現在の危険や不安を除去するために、その解決にいたるまでの暫定的処置を定めることです。したがって、仮処分全般に解放金額の制度が妥当するということはできないため、原則として仮処分につき民訴法七四三条が準用されない、ということには異論がありませんが、仮処分であっても、債権者としては終局的には金銭的満足をうければ十分である場合もあるため、解放金額の制度がいかなる仮処分にも道切でないというわけではなく、判例および多数説はある場合には仮処分に七四三条の準用を認めようとします。

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大判大正一○年五月二日が、この問題に関する代表的な例になります。事案は、所有権にもとづく木材引渡請求権を被保全権利とする仮処分命令について、原審が民訴法七四三条を準用し、債務者が金一万二千円またはこれに相当する有価証券を保証として供託することを条件として仮処分執行を免れうる旨の裁判をしたというものですが、大審院は、民訴法七四三条はつねに必ずしも仮処分に準用されるものではないが、仮処分により保全される権利が金銭的補償を得ることにより終局の目的を達しうべきもの、つまり七五九条にいわゆる特別の事情に該当するものありと認められるときには、仮処分にも七四三条を準用し、命令中に債務者をしてその執行を免れることを得させるために供託すべき金額を記載することができる、と判示しました。つまり七五九条の制限のもとに仮処分にも七四三条が準用されるということです。
その後も同趣旨の判例が多数あり、入会権の妨害排除請求権を被保全権利とする樹木伐採禁止等の仮処分、 肥料組合組合員の権利行使停止の仮処分、所有権にもとづく自動車の引渡請求権を被保全権利とする自動車の処分禁上、執行吏占有の仮処分、土地の占有権、賃借権を被保全権利とする土地の占有解除、執行吏保管、建築禁止の仮処分、隣地居住者のための建築工事禁止の仮処分、ロックアウト実施の際の労働組合に対する工場立入禁止、会社業務の妨害禁止の仮処分、日照等妨害のおそれがあるとしてなされた建築続行禁止の仮処分などについて、七四三条の準用が認められています。
この判例法上ほぼ確立された見解を学説の多くは支持しており、公平の観念上債権者をして被保全権利の本来の内容の実現を断念させ、その執行の停止、取消のための解放金をもって満足せしめるのを妥当とする事情の存することもあるため、七五九条の特別事情がある場合にかぎり、七四三条が仮処分執行に準用される、としています。七五九条の特別事情とは、判例、通説によれば、債権者が金銭的補償によっても仮処分の目的を達しうるという事情、または債務者が仮処分の存続によって異常な損害を被るという事情です。
この説においては、仮処分執行を免れるために債務者が供託する解放金は、執行に代わるべきものであって、執行の停止、取消によって債権者に生じることあるべき損害を担保するものではないと解されています。
このように多数説では、七五九条の制限のもとに七四三条が仮処分執行に準用されるとしていますが、元来七五九条は、保証提供による仮差押命令取消の規定を仮処分に準用する際の特則です。保証提供による取消の場合には、取り消されるのは仮処分執行ではなく、仮処分命令そのものであり、解放金供託による取消の場合と異なり、必ず口頭弁論を開き判決をもって裁判しなければならず、その保証は仮処分命令の取消によって債権者が被ることあるべぎ損害の担保としての性質を有します。このように解放金の供託による執行の停止、取消と保証提供による命令の取消とは異なった性格をもつために、前者について七五九条がそのままかぶると解すること、あるいは特別事情の意味が後者の場合と同じであると解することには疑問があります。そこで、七四三条を仮処分に準用する余地のあることを認めながら、これを、債務者が金銭を供託することによっても、債権者が完全に仮処分の目的を達しうる場合に限定し、あるいは、少なくとも金銭の引渡しをうけても本来の目的物の引渡しをうけたのと同様の経済的利益を債権者が収めうる場合に限定する説も唱えられています。これらの説によれば、仮処分命令に解放金額を記載しうるケースは、判例の認めている範囲よりもずっと限局されることになります。

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