裁判所の自由裁量の限界

民訴法七五八条一項では、裁判所は、その意見をもって申立ての目的を達するに必要な処分を定める旨規定します。その意見をもって、とは自由な裁量でということです。しかし裁判所のこの自由裁量は無制限のものではなく、それについては様々な角度からの制約があり、またその自由裁量には一定の基準があります。民訴法七五八条一項は、仮処分の裁判手続において、民訴法の総則規定である同法一八六条の適用を全面的に排除するものではありません。裁判所は仮処分の方法を定めるについて民訴法一八六条により一定の制約をうけます。民訴法一八六条により、裁判所が当事者の申し立てない事項について裁判することができないというのは、(1)当事者の主張した請求以外の請求について裁判してはならない、(2)当事者の主張した請求についてであっても、その主張の範囲をこえて裁判してはならない、(3)当事者が主張した裁判の態様と異なった熊様の裁判をしてはならない、ということです民訴法七五八条一項が、裁判所は自由裁量によって申立ての目的を達するに必要な処分を定めるとしているのは、裁判所を民訴法一八六条による前記(3)の意味における拘束から解放したものと解されます。しかし同条による前記(1)および(2)の意味における拘束まで解放したものではありません。したがって民訴法一八六条は、仮処分の裁判手続においても前記(1)および(2)の意味では裁判所を拘束するのです。換言すれば、仮処分の裁判手続においては、裁判所は、申立てにかかる仮処分請求権そのものについては、いわゆる処分権主義によって当事者の主張に拘束されますが、仮処分の方法としてどのような処分をするかについては、当事者の申立てに拘束されません。

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仮処分の方法を決めるにあたり、民訴法一八六条に抵触することのないようにするためには、申立てにかかる仮処分の訴訟物の同一性がなにによって決まるかが問題になりますが、通説は、被保全権利および保全の必要性つまり法文にいう申請の理由たる事実が同一か否かによって決まるものとします。一般的には通説に従ってよいのですが、確認的処分としての任意の履行に期待する仮処分やいわゆる断行仮処分としての給付的仮処分のように、仮処分の主文が被保全権利の本案認容判決主文と同じようなものとなる仮処分の訴訟物は、被保全権利のみによってその同一性が決まるものと解されます。
例えば債権者が、建物明渡請求権を被保全権利として、建物の人的現状変更のおそれありとして執行官保管、債務者使用許容の仮処分を申請しているのに、裁判所が物的現状変更のおそれありとして、執行官保管、債権者使用許容の仮処分をしたり、賃金仮払仮処分として、毎月末10万円の支払いを求める仮処分を申請しているのに、裁判所が毎月末15万円の支払いを命じる仮処分をするのは民訴法一八六条に接触し許されません。
申立ての目的を達するための必要をこえる仮処分の方法は許されません。例えば係争地が一筆の土地の一部であるのに、当該土地全部についていわゆる処分禁止仮処分をするのは、必要の範囲、程度を逸脱するものであって、許されません。
仮処分で命じられる処分は、被保全権利の範囲内にとどまらなければならないかという問題があります。被保全権利の内容として含まれていないことを仮処分の方法としてとることが許されるかについては、仮処分によって被保全権利の内容をこえるものを与えてはならないとの理由で、これを否定する見解もあれば、仮処分が被保全権利の内容をこえるようなものを命じる形をとっていても、当該こえる部分は、債務者を拘束する効力を生じないという見解もあれば、そのような仮処分の方法も許されるという見解もあります。この問題は、係争物に関する仮処分と仮の地位を定める仮処分とに分けて考えるのが適当です。
実体法上、一定内容の義務を負う者が、強制執行において、いかなる執行をうけるかは、公法としての強制執行法が独自に規定していることであって、実体法上の義務内容とは、次元を異にした問題です。係争物に関する仮処分は、強制執行を保全するためのものですが、強制執行を保全することこそが、まさに民訴法七五八条一項にいう申立ての目的にあたるものであり、同条項は、その目的を達するに必要な処分をしてよいとしているために、同条項自体を根拠として、申立ての目的を達するに必要なかぎり、被保全権利の内容に含まれていないことであってもこれを仮処分の方法として命じうるものというべきです。例えば、建物収去土地明渡請求権を被保全権利とする、債務者所有の建物に対するいわゆる処分禁止の仮処分をすることは許され、抵当権者からその設定者に対する抵当権設定登記手続請求権を被保全権利とする債務者所有の不動産に対する処分禁止仮処分をすることも、許され、さらに建物賃借人や建物所有を目的とする土地賃借人から貸主に対する目的不動産の引渡請求権を被保全権利とする当該目的不動産についてのいわゆる占有移転禁止仮処分や処分禁止仮処分をすることも許されるというべきです。なお、かかる仮処分は、被保全権利との関係で相対的な効力しか有しません。
仮の地位を定める仮処分については、一般の場合と本案的仮処分の場合とを分けてみるぺきです。一般の場合は、係争物に関する仮処分の場合と同様に、民訴法七五八条一項自体を根拠として、申立ての目的を達するのに必要なかぎり、争いある権利関係を構成する権利がその内容として含んでいないことであっても、仮処分の方法としてこれを命じられます。例えば建物明渡請求権を被保全権利とする仮の地位を定める仮処分として執行官保管、債権者使用許容の仮処分をなしうるのはその適例です。しかし本案的仮処分の場合は、争いある被保全権利の内容にないことを仮処分の方法として命じることは許されません。仮処分の方法は、被保全権利の範囲内にとどまらなければならないのです。なぜならば、かかる仮処分は、実質的には、切実な必要のもとに、仮処分手続を借りたいわば簡易な本案訴訟手続でなされる暫定的な本案の裁判のようなものだからです。問題なのは、債務者は債権者がある行為をなすのを妨害してはならないという形式の仮処分です。妨害してはならないということ自体は、仮処分の方法として異とするにたりませんが、形式の仮処分のなかには、債権者はA行為をなすことができるという確認的処分を黙示的に含むものと解されます。この確認的処分は、本案的仮処分です。そうだとすると、このような形式の仮処分にあっては、妨害してはならないものとされる債権者のA行為は、争いある権利関係を構成する債権者の権利として債権者がこれをなしうる範囲内のものでなければならず、権利の内容として債権者がなしえないような行為の妨害禁止を命じる仮処分は当然に許されないことになります。例えば建物を不法占拠している債権者のために、債務者に対し債権者のなす建物改築工事妨害禁止を命じる仮処分をすることは許されません。
強制執行の方法による制約は、執行が予定される仮処分についてだけ問題になることはいうまでもありません。仮処分は、その性質上、大部分は、執行を予定するものです。しかし予定の執行方法としては、民訴法七五八条三項の場合を除いては、すべて民訴法七五六条、七四八条によって準用される強制執行の方法によらなければなりません。なぜならば、強制執行の方法として規定されている方法とまったく異なった方法を仮処分の方法として定めても、これを執行することはできず、申立ての目的を達することができないからです。もっとも強制執行の方法は準用されるために、強制執行の方法と少しでも異なった執行方法を予定した仮処分の方法が一切許されないというものではありません。
仮処分は、その仮定性から、債権者に権利の満足を与えるような態様の方法はとらない建前のものです。それで、いわゆる満足的仮処分、つまり債権者に権利の満足を与えるような仮処分が許されるか否かは、大いに争われた問題です。しかし現在では、かかる仮処分も、債権者に切実な必要の存するかぎり許すべきであるというのが、ほぽ通説となっており、実務でも行なわれています。しかし、仮処分の方法を決めるについて仮処分の仮定性からくる制約がまったくないとするのは誤りです。例えば被保全権利そのものについて形成的効力を生じるような仮処分や債務者に回復し難いような損害を生じるおそれのある仮処分は、仮処分の仮定性から、これを許されません。万一かかる仮処分がなされたときは、債務者は、民訴法七五六条、七四四条による異議または上訴の申立てをすると同時に、民計法五一二条の準用によりその執行停止を求めることもできます。債務者に原状回復の法律的可能性があれば仮定性にそうとの説もありますが、原状回復の法律的可能性はほとんどの場合にあるので、この説は仮処分の仮定性による自由裁量制約の理論として、実際上は、あまり意味がありません。また、仮処分によって債務者の被る損害が、仮処分を拒否されることによって債権者の被る損害よりも大きい場合は保全の必要性なしとする説がありますが、この説は結論も問題ですが、仮にその場合、仮処分を許すべきでないとしても、それは仮処分の仮定性によるものというべきです。

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