口頭弁論を開かない審理

弁論主義は民事訴訟の基本的な原則の一つに数えられています。この弁論主義は、通常、次の三つの問題に要約されています。裁判所は当事者の主張しない事実は裁判の資料として採用してはならない。裁判所は当事者間に争いのない事実は、そのまま裁判の資料として採用しなければならない。当事者間に争いのある事実を証拠によって認定する際には、必ず当事者の申し出た証拠によらなければならない。弁論主義のもとでは、裁判所は当事者の主張しない事実を裁判の資料として採用してはなりません。例えば貸金の返還を請求する訴訟において、証人の口からその賃金はすでに返済された事実が明らかになっても、当事者のほうからこの事実を主張してこないかぎり、裁判所はこの事実を取りあげて裁判の資料のなかに加えることができません。そして、その結果は原告の貸金返還請求権が認められて、被告は敗訴判決をうけることになりますが、このようにある事実が当事者によって主張されない結果、当事者の一方が敗訴判決をうけるにいたることを、その事実につき当該当事者が主張責任を負っているといっています。主張責任は、当事者双方に次のような形で分配されています。ある権利の発生を根拠づける事実は、その権利の存在を主張する者に、権利の消滅を導く事実は、その権利の存在を争う者に、権利の発生を妨げる事実は、同じくその権利の存在を争う者に、それぞれ主張責任が課せられています。

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主張責任の分配は保全訴訟においてもそのまま認められるものでしょうか。以上の主張責任の分配は通常の民事訴訟ではそのまま妥当しても、保全訴訟では相当の変容を被らざるをえません。当事者から弁済の事実を主張してこないが、証人の口から弁済の事実が明らかになったという例をあげましたが、保全訴訟でも同じような事態が起こります。例えば債権者が貸金返還請求権のために仮差押命令を申請してきましたが、その申請書には債務者から一部弁済をうけたがまだ元本債権の完済を受けるにいたっていないと書いてあります。しかし債権者から提出した疎明資料をみると、債権者が受領金の充当関係を誤っていたり、利息制限法違反の高率の利息を取ったりしていて、この誤りを正すと、債務者がすでに債権全額を完済していることが判然とする場合があります。この場合に前述した主張責任の分配を適用すると、債権者はみずから弁済をうけた事実を認めているのではなく、疎明資料からその事実がうかがえるだけで、仮差押申請書ではまだ完全な弁済をうけていないといっているために、債務者から弁済の事実を主張してこないかぎり、彼にとって不利な裁判、つまり債権者の申請を認めた仮差押決定を発令しなければならなくなります。
しかし仮差押えの申請手続では、口頭弁論やそれに代わる審尋も行なわれず、もっぱら債権者の言い分だけをきいて決定が発令されるのです。口頭弁論や、審尋が行なわれたならば、債務者はそこで自己の言い分を主張することができますが、そのような機会も与えられないまま、自己に不利益な結果を押しつげられるとしたら、それはあまりに酷な結果となります。そこで、次のような二つの解決策が考えられます。前述した主張責任の分配の法理は、当事者双方が互いに平等に主張する機会をもつ場合を前提としています。当事者双方が互いに平等に主張できる機会をもつ場合、一方の当事者にすべての事実の主張責任を負わせるのは、不公平すぎます。やはり他方の当事者にも、自己に有利な事実の主張責任を負わせるのが、公平というものです。しかし、当事者双方がこのように平等に主張する機会をもっていない場合、例えば仮差押えの申請手続では、その言い分を主張できる当事者に、すべての事実の主張責任を負わせるべきです。しかし、この見解は、従来唱えられてぎた主張責任の分配の法理を根底から覆すものであり、他方仮差押手続でも口頭弁論や審尋を行なおうと思えば法律上は行ないうるためにこれを無視する嫌いがあり、劇的にすぎる見解であるといえます。
仮差押手続でも、口頭弁論や審尋を行ないうるために、裁判所は債務者から弁済の主張を聞くために、口頭弁論ないしは審尋を行なうぺきです。しかし、債権者としたら口頭弁論や審尋が行なわれたら、債務者が仮差押えの発令までに財産を隠匿、処分してしまって、仮差押えの執行が空振りに終わることをおそれます。それならば、債権者のほうから口頭弁論や審尋が行なわれるのを押えるため、積極的に債務者から弁済をうけなかったこと、またそのことを明らかにする疎明資料を提出してくるべきです。もし被がこの事実を主張せず、またこの事実を明らかにする疎明資料を提出できないときは、口頭弁論、審尋が行なわれることを甘受するか、それとも仮差押申請を取り下げるか、その二途のいずれかを選ぶべきになります。この見解は、主張責任の分配に関する従来の見解をそのまま維持し、しかも法律上は仮差押手続でも口頭弁論や審尋を行ないうることを尊重しながら、実は徒束の見解では債務者に主張責任を負わせてきた弁済の事実を、反対に債権者に弁済の事実の不存在につき主張責任を負わせるもので、はなはだ巧妙な見解であるといわなければなりません。
しかし、いずれの見解をとるにしろ、仮差押手続では主張責任の分配の法理をそのまま待ちこむことに十分注意を払わなければなりません。仮差押手続において、実際上口頭弁論や審尋が行なわれないのは、債権者に早く仮差押決定を得させること、債務者に仮差押決定の発令を察知せられたら、その財産の隠匿、処分をされるおそれがあること、など、もっぱら債権者の利益の擁護のためにこのような実践的処置がとられているのです。にもかかわらず主張責任の分配の法理がそのまま持ちこまれたら、前述の疎明資料を通じて債務者が弁済したという事実が明らかな場合でも、裁判所はこれに目をつぶって仮差押決定を発令し、この仮差押決定の送達をうけた債務者のほうで異議を申し立てその異議後の手続、口頭弁論においてはじめて弁済という事実を主張でき、また斟酌もされるのです。債権者、債務者双方の利害をはかりにかけるとき、これはあまりにも債権者の保護に偏した処置のように思われます。

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