被差押債権の特定

銀行預金債権に対する仮差押命令を申請する場合、その預金についてどれだけの事項を記載しなければならないのでしょうか。債権者は債権仮差押えの申請にあたり、被差押債権の種類とその数額を記載し、これを特定して開示しなければなりません。そこで、債権者が債務者の預金債権を仮差押えしようとすれば、まず債務者がどこの銀行にどのような預金をもっているかを知ることが先決です。これを正確に知ることができれば、債権者にとって被差押債権の特定は容易になります。しかし、銀行は、顧客との間になした取引、およびこれに関連して知り得た情報を正当な理由なく他にもらしてはならないという秘密保持義務にもとづき、預金の有無などについて債権者の照会に応じないことになっています。そこで債権者としては、銀行に照会することを断念せざるをえず、ほかの方法で預金を調査しなければなりません。ところが銀行預金取引が必ずしも単純なものとはいえないばかりか、仮差押えが保全処分として緊急性、密行性を要するものであり、その申請にあたり十分な調査をなす時間的余給もなく、また事前に債務者に察知されるとその執行を妨害されることも予想されます。このような事情から、銀行預金を被差押債権とする場合、債権者としては、いきおい債務者がその取引銀行に多分預金をもっているはずであるというようなことで、かなり予測的な申請をせざるをえないのが実情です。したがって、被差押債権の特定をあまり厳格に要求すると預金債権に対する仮差押えは事実上不可能となり、債権者の手の屈かないところに遠のいてしまうこととなります。一方で被差押債権の特定をあまり緩やかにすると、被差押債権と他の債権とを識別して差押えの範囲を確定することができないおそれが生じます。いかなる債権を執行目的として仮差押えをしたのか特定できなければ仮差押えは無効であって、これを前提とする取立、転付命令も効力を生じないものとされています。このように被差押債権の特定は、執行法上当然要請されるばかりでなく、判例によると、仮差押債務者において被差押債権につき給付訴訟を提起追行して無条件の勝訴判決を得ることができるとされ、もし判決による強制執行がなされたときは、第三債務者としては、二重払いを免れるために当該債権に仮差押えがなされていることを主張して民訴法五四四条の異議により執行手続の進行を阻止できるのですが、被差押債権が不特定、不明確であればその異議申立てによって利益を防御することが困難となり、また、いかなる預金について仮差押えの効力が及ぶのか判断しかねる結果、二重払いの不利益をうけないように、仮差押えの効力の及ぶ可能性のある預金については一切支払いを拒否することも起こりえます。そうなれば、債務者も事実上不当な不利益を受け、ひいては銀行取引の安全を害することにもなります。

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被差押債権の特定はいうまでもなく、いかなる債権がどの範囲まで仮差押えされたのかを明らかにする必要にもとづくものであるため、一般論としては、債務者、第三債務者間の他の債権と識別しうる程度に特定されていればたりるといえます。ですがそれでは一歩すすめて、どの程度の記載で他の債権と識別しうるかということになると抽象的には決せられず、客観的に存在する債権との対比において、個別的、具体的にみていかざるをえません。つまり他の債権の在否、その内容によって、きわめて簡単な記載でたりることもあれば、詳細に記載しなければならないこともあるわけです。ただ通常の場合では被差押債権の特定は、誰の誰に対する、どのような債権であるかを明らかにすることによってなされうるため、預金者の特定、預金の所在、店舗の指定、預金の種類および数額の特定に項目を分けて検討するのが便宜です。
ここで注意すべきことは、ここで述べた特定性は、仮差押命令に被差押債権として表示された債権と客観的に存在する現実の債権とを対比し、前者における特定記載によって両者の同一性を否認することができるかという場面での問題であるということです。裁判所は仮差押命令を発するに際して、被差押債権の存否および帰属について調査、認定をするわけではないため、この時点では裁判所にとっていかなる債権が実際に存在するのか不明であって、結局申請書に記載された被差押債権が表示どおり存在するものとして命令を発するほかはありません。裁判所はその特定記載で実際に特定されるか否かを判断する資料をもたないからです。したがって、表示自体からまったく不特定とみられる場合のほかは、申請を不適法として却下すべきではありません。
被差押債権が差押順序を付されるなどして形式的規準により表示される場合、次のような問題があります。第一に、そのような表示によって銀行が被差押債権の範囲を確定しうるのは、第三債務者たる銀行が預金債権の数、内容等の全貌を了知しているからであって、差押対象の具体的確定は、命令送達時における預金債権の全容を把握することなしではなしえないために、債権者は、命令自体からは、銀行が陳述命令に対し被差押債権として開示した預金債権と、命令上表示された被差押債権との同一性を判断しえないということにあります。第二に、そのような特殊性にもかかわらず、預金債権の全容は、日時の経過により増減不定のものとなることにあります。その結果、本案の審理に年月を要したときは、仮差押えの対象債権が具体的に何であったか、いかなる数額について効力を生じていたのかは、債権者にとってほとんど明確性を欠き、その立証はきわめて困難とななります。それゆえ、被差押債権が前記記載例のような形式的規準によって表示されるときは、後日紛争の生じる素地がその表示方法自体のなかにすでに存在しているといえます。

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