家事審判事項の保全処分

家事審判で定められる扶養料や婚姻費用分担の請求を本案として仮差押え、あるいは仮処分をすることはできるのでしょうか。扶養義務には、夫婦相互間、あるいは親の未成熟子に対する生活保持義務とその他の親族間の生活扶助義務とがあるといわれます。一般に扶養義務については民法八七七条、あるいは八八○条にもとづき処理されます。夫婦相互間については、同法七五二条にもとづく協力扶助と同法七六○条にもとづく婚姻費用の分担とがありますが、両者は本質的に同一のものです。各親族間の扶養については、まず関係当事者間で協議を行ない、その協議が調った場合はこれによって律せられます。協議が調わない場合は、関係当事者の申立てにより、家庭裁判所において扶養の程度、方法等を決することになります。この種事件は、親族間の情誼や愛情に訴え、できるだけ平穏かつ円満裡にことをおさめることが望まれる一方で、しばしば申立人側は生活に困窮しているため緊急に解決を要するものですがが、一度裁判所にこの種事件が持ち込まれるとまったくの他人同士の事件以上に相互に感情がたかぶっているうえに事案がこじれているため、早期に決着をつけることが困難であるばかりか、相手方が申立て人の請求を免れようとして所有財産等を隠匿する等の行動にでようとする可能性もあります。そこで、この種事件についても、場合によっては、裁判所においてその申立てについて終局的な判断をなされる前に、強権をもって相手方に対し申立人に金銭を仮に給付するよう命じ、または相手方所有財産を仮に差押えあるいはその処分を禁止してこれを保全する等の暫定的な仮の措置を講じることが望まれるところです。扶養料や婚姻費用の分担については、その関係当事者間に協議が調った場合には、これにもとづき双方間に具体的な権利義務が発生するものであるため、協議により権利を取得した者はその履行を求めて民訴法上の訴えを提起でき、これを本案として同法上の保全処分を申し立てることができることはいうまでもありません。しかし、関係当事者間に協議が調わない場合における扶養料や婚姻費用分担の請求は、家事審判法にもとづく家庭裁判所の家事審判事項となっており、いわば家庭裁判所の専属管轄に属するものであるため、これらの請求をなそうとする者は家庭裁判所に家事審判の申立てをなすべきであって、地方裁判所または簡易裁判所に民訴法上の訴えを提起することはできないものです。そこで、このような家事審判事項を本案としてはたして民訴法上の保全処分をすることができるかを考えてみることとします。

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家事審判事項について、家事調停が申し立てられた場合、または家事審判が申立てられたが職権で調停に付された場合には、調停委員会は職権で調停前の仮の処分を命じることができます。家庭裁判所はこの措置に従わない者を過料に処することができますが、この仮の処分は執行力がないので、さほどその実効が期待できないものと思われます。
次に扶養料の請求について審判が申し立てられた場合には家庭裁判所は審判前の仮の処分をなすことができる婚個費用の分担の請求についはこのような仮の処分を認めた規定はありませんが、その実質は夫婦間の扶助および子の扶養料の請求であるため現定を準用して仮の処分をなすことができるものと解されます。かかる審判前の仮の処分に執行力があれば、前記家事審判事項についてあえて民訴法上の保全処分をなす必要性はないものとはいえません。そこで、審判前の仮の処分に執行力があるか否かについて考えてみると、この点については、積極説と消極説とがあり、積極説に与する判例があります。
積極説の主要な論拠は、家事審判決八条は同決制定の経過から最高裁判所への法律事項の委任とみるぺきです。したがって、最高裁判所がその規則において家庭裁判所が執行力のある仮の処分をなすことができる旨の規定をもうけることができます。仮の処分は審判としてなされるものであるところ、家事審判法一五条の審判は、終局的審判のみでなく、中間的審判である仮の処分をも含み、また同規定のその他の給付を命じる審判中には財産の処分禁止その他の不作為を命じる審判をも含むものです。家事審判法一三条、一四条が仮の処分に適用され、また家事審判規則七四条等により選任された代行者について同法一六条が適用されることは明らかであるために、同法一五条のみが終局的審判のみに適用されるということは不自然であるからです。仮の処分については不服申立ての途は認められていませんが、これは仮の処分を早期に確定させることが要請せられるからであり、関係人の利益保護については家庭裁判所の職権による取消変更をもって確保することにしています。調停前の仮の処分については執行力がないことが明文で規定されていますが、仮の処分についてはこのような規定はありません。
消極説の主要な論拠は、家事審判法八条は憲法七七条の最高裁判所の規則制定権が非訟手続たる家事手続にも及ぶことを注意的に規定したものであるところ、規則制定権は、手続的、技術的な事項を定めることができるにとどまり、当事者間に権利関係を創設するような定めをなすことは許されません。家事審判法一五条所定の審判は同法第二章の規定の体裁、同規定の位置等から同法九条の審判つまり同条一項甲類または乙類事項に対しなされる終局的審判のみを指すものであって、その他の審判は包含しません。仮の処分については不服申立ての途はなく担保の定めもないので仮の処分に執行力を認めると相手方の利益を著しく害することになるなどです。
昭和二五年七月二○日法務省民事局長通達は、家事審判規則二三条一項にもとづく不動産の処分禁止を命じる仮の処分につき、その登記をすべき旨の規定がないので、当該仮処分登記の嘱託を受理すべきでないと考えるとして、仮の処分の執行力について消極説を採用して以来、仮の処分の執行力については実務上積極説は行なわれていない状態です。その上扶養料や婚姻費用分担の請求にもとづく審判前の仮の処分は、家庭裁判所が審判の申立後職権でなすものであって、この仮の処分については申立権は認められていません。そうすると、理論上仮の処分に執行力が認められるとしても、実際上これが実効あらしめることは困難であり、これによって救済を求めようとする者には申立権はないので、かかる仮の処分は実際上保全措置としての機能を十分備えておらず、その力をほとんど発揮しないものといえます。
そこで、家事審判事項を本案として民訴法上の保全処分が許されるか否かについて考えてみると、この点については、積極説、消極説、折衷説とがあり、判例は多岐にわたっています。
積極説の主要な論拠は、保全処分の被保全権利は現実に確定したものであることを要せず将来の請求権でもたりるものであるところ、扶養料や婚姻費用分担の請求も審判によって具体的に形成される将来の権利であるため、その基礎となる事実関係が現存するかぎり被保全権利たる資格を有します。保全処分の起訴命令に適合した本案の提起というためには必ずしも民訴手続であることを要せず本執行のための債務名義を形成し、もしくは権利の実質的確定を目的とする手続であればよいものであるところ、家事審判はこの要件を具備しています。仮の処分には執行力や形成力はないので民訴法上の保全処分をなす必要性があります。
消極説の主要な論拠は、保全処分の被保全権利は民訴法の対象となるべきものにかぎられ、家事審判事項のごとき非訟事件手続によって形成されるものは被保全権利としての資格がありません。家事審判の請求のごとき非訟事件手続と訴訟事件手続とは制度上異質なものであり、特に訴訟事件手続きを準用する旨の規定が存しないかぎり非訟事件手続に訴訟事件手続である保全処分を準用すべきではありません。保全処分の起訴命令に適合した本案提起とみられるためには必ず民訴手続またはその代用補充手続であることを要し、家事審判の申立てを本案提起とみることは許されません。仮の処分には執行力、形成力があるので民訴法上の保全処分を利用する必要性がないなどです。
折衷説の主要な論拠は、人訴法一六条は民訴法の一般的適用を制限する趣旨ではなく疑義を避けるための注意的規定である。財産分与、子の扶養科を請求する審判については執行力はないにしても裁判前の仮の処分をなしうるのにこれらを訴えに付随して請求する場合まったく保全措置がないということは不合理である。などです。
前説示のとおり審判前の仮の処分には理論上執行力がありますが、その実効をほとんど発揮しない実状にあるので家事審判事項についても民訴法上の保全処分をなす必要性が強いこと、積極説の論拠により家事審判事項も民訴法上の保全処分の被保全権利たり、同論拠により家事審判の申立ても保全処分の起訴命令に適合した本案となることなどです。家事審判の請求は家庭栽判所の管轄に属するものですが、地方裁判所においても人訴事件に付随して申し立てられる財産分与等の本来家事審判事項にあたる申立てについても審理判断し、したがって家事審判事項が純粋に家庭裁判所にのみ専属して処理される制度になっておらず、地方裁判所に家事審判事項を判断する機構や体制が欠如しているわけでもないこと、民訴法上の保全処分はあくまでも仮の暫定的措置であって将来の審判を拘束ないしこれに影響を及ぼすものではないことなどから、積極説に賛成されます。

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