破産申立の乱用

何人も裁判所において裁判を受ける権利を奪われないことは、憲法三二条の保障するところです。およそ権利は信義誠実の原則にしたがってこれを行使すべきであり、権利の乱用は許されないのですが、これらの原理は民法一条に規定され、訴訟法その他の手続法規中には、一般的原理としては規定がありません。このことから、権利乱用禁止の法則は実体法についてのみ適用されるべきであり、個々の訴訟手続につき信義誠実の原則が支配することはあっても、訴えの提起その他司法制度の利用そのものにつき権利の乱用ということはありえないという考え方があります。この考え方によれば、裁判所は審理の結果申立人の主張する実体法上の権利の行使が権利の乱用にあたると判断したときは、当該実体法上の権利を保護する必要がないとの理由で申立を棄却すべきであるとされています。しかし、憲法三二条は、訴訟の当事者が訴訟の目的たる権利関係につき裁判所の判断を求める法律上の利益を有することを前提として、かかる訴訟につき本案の裁判を受ける権利を保障したものであって、かかる利益の有無にかかわらず、常に本案につき裁判を受ける権利を保障したものではありません。そして、ここでいういう裁判所の判断を求める法律上の利益には、訴訟手続法上の利益も含まれることは当然です。

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信義誠実の原則および権利乱用禁止の原則が裁判手続上は廃除されるという理由は全くなく、前者が訴訟手続き上適用されるべきことは学説上異論がなく、これと裏腹の関係にある権利乱用禁止の原則についても、現に民訴法三八四条ノ二は、上訴権の乱用に対し制裁を課しうることを定めているのであるために、司法制度の利用つまり裁判所に対する申立そのものが申立権の乱用にあたると認められるときには、裁判所の判断を求める法律上の利益を欠く一場合として、これを却下することを得るものと解すべきです。ただし、実際上の問題としては、裁判申立権の乱用と判断するためには、まず申立人がその主張する実体上の権利を有しないこと、または申立人の実体上の権利の行使が権利の乱用であることを判断したうえで、さらに裁判申立そのものが申立権の乱用であると判断すべき場合が多く、例えば債務者が債権者による強制執行を妨害する目的で、債務名義上の債権につき弁済をした事実がないにもかかわらず、弁済を主張して請求異議の訴えを提起した場合に、裁判所は弁済の事実につき心証を得なければ請求を棄却しうりますが、訴権の乱用であることを認定するためには、さらに審理を進めなければなりません。このような場合に訴権の乱用につき審理判断をすることは、いたずらに訴訟を長期化し、相手方の損害を増大させる結果を招くために、裁判所としては、相手方に訴権乱用の妨訴抗弁を提出させず、本案につき請求棄却の判決をすることが、当面の相手方の権利保護に役立つのです。したがって、裁判手続上の権利乱用禁止の原則を適用するためには、本案に関する審理過程において提出された証拠および弁論の全趣旨により即座に明らかにされる場合にかぎるというべきです。
裁判手続一般につき考察した権利乱用禁止の原則の適用の問題は、そのまま破産申立についても妥当します。破産法およびその隣接諸法は、申立による破産宣告の要件として、破産申立権者、破産原因、破産障害の不存在、申立人が債権者である場合の手数料の納付および費用の予納につき規定するにとどまり、破産宣告の必要性については、なんら規定を設けていません。したがって、法律の規定だけをみると、破産裁判所は、如上の要件が具備する以上、常に必ず破産宣告をしなければなりません。しかし、審理の過程において破産申立が権利の乱用によることが明らかになったときは、破産裁判所は前述の理論により破産申立を却下しうると解すべきです。
最近では私的整理が普及し、かつ相当程度制度化されているので、申立債権者はその進歩状況を監視し、公正な私的整理が行なわれることが明らかになると、申立を取り下げるケースが多いようです。このようなケースでは債務者側が事情を具して審理の延期を求めるので、破産申立が乱用であると断定するに足る資料が揃いません。しかし、なかには、多額な手形債務を負う著名な芸能人が既に全債権者に対し何割かの内入弁済をなし、残額につき大多数の債権者から猶予を得て、現に毎月数百万円の収入をあげつつ、内入弁済を続けているのに、一部の債権者が破産の申立をした例があります。この債務者に対し破産宣告がなされたときは、以後の収入は自由財産となり、破産債権者に対する弁済額は限定されてしまうのであるために、申立債権者が破産宣告を求める真意を有しないことは明らかであるといいえます。その他、破産申立の乱用の疑いのあるケースとしては、任意整理における債権者間の内紛から、競争相手を屈服させて主導権を握ることを目的として破産申立をした疑いのある場合、個人会社の社長が個人保証を求められて、これを避け、個人財産の温存をはかる目的で自己破産の申立をした疑いのある場合、会社が労働組合を潰す目的で別会社に事業を移譲したうえで自己破産の申立てをした疑いのある場合、債権の存否に争いがある場合に債権者が破産裁判所を介して有利な解決をはかろうとする目的で破産申立をした疑いのある場合等をあげることができます。
税法上、破産宣告を受けた債務者に対する債権は全額不良債権として消却することが認められる場合に、かかる税務上の利益を受けることを主たる目的として破産申立がなされたとしても、かかる申立を権利の乱用といいうるかは疑問です。任意整理を効果的に成功させる目的で破産申立と同時に管務者の全財産につき保全処分を得、これによって債務者の財産の散逸を防いだ上で破産申立を取り下げた例があります。任意整理のために破産法上の保全処分を利用した点に疑問は残りますが、破産と任意整理とがいわば共存共栄せざるを得ない現在の状況のもとでは、かかる破産申立を乱用ときめつけるべきではないと思われます。
申立債権者に破産終結に至るまでに必要かつ十分な費用を予納させることは、債権者による申立の乱用を防止するうえで相当な効果があるといえます。任意整理の内紛については、不公正な取立、配当等が行なわれるおそれのない場合には、裁判所が債権者間の和解に協力してさしつかえありません。個人財産の温存をはかることを目的とする個人会社の自己破産の申立てに対しては、破産宣告をしたうえで、管財人が社長に対し個人財産を財団に提供するよう説得する以外に良策はないように思われます。法人格否認の法理により社長個人に対し破産宣告をなしうると解しうるかについては、大いに研究の余地があります。労組退治を目的とする疑いの顕署な自己破産の申立に対しては、労組による不当労働行為救済の申立が認容されたときは、その決定は破産申立の乱用と認定するに足る有力な資料となります。債務者が申立債権者の主張する申立債権を全面的に争うときは、当該債権が無名義であるときは申立人に債務名義を得ることを促し、有名義であるときは、債務者に請求異議の訴えを提起することを促すべきです。

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